「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした本書。では、職場のネガティブな感情を緩和して、チームワークを高めるにはどうすればいいのだろうか。著者インタビュー1回目となる今回は、リーダーがとるべき行動について話を伺った。(取材・構成/樺山美夏)

最強の教養「組織心理学」

経験則だけでなく、科学的根拠を重視

── 山浦先生は、リーダーシップと人間関係に関する心理学を研究されています。経営破綻直後のJALや福知山線脱線事故直後のJR西日本をはじめ、数多くの組織調査にも取り組まれてきました。組織心理学を科学的に研究しようと思われたのはなぜでしょうか。

山浦一保さん(以下、山浦) 私はもともと小学校の先生になりたかったので、子どもの心を知るために大学で心理学関連の授業を受けていました。心理学にハマったのはその頃です。また、数十人の子どもをまとめて雰囲気のいいクラスにするために、リーダーシップについても学ぶ必要があると考えていました。

 その後、進学した大学院で、企業のリーダーシップにも目を向ける機会をいただきまして。それがきっかけで、組織心理学の研究をはじめました。今は立命館大学で、スポーツチームのリーダーシップの研究もしています。

── 研究をはじめてから20年以上経った今、どのような問題意識で研究を続けているのでしょうか。

山浦 20年以上前の時代は、個人のキャリア形成や人間関係そのものをよくしようと努力している企業はそう多くはなかったのではないでしょうか。むしろバブルがはじけた後だったので、採用の停止・抑制、従業員の首をざくざく切った会社も多かったんですね。

 企業は人で成り立っているのに、人材育成の研修費を含めた人件費から減らしていくんだ……と、その現実に愕然として問題意識を持つようになりました。

 また当時は、若い女性が企業調査の報告のために現場に入ることでさえ、いちいち会議が開かれて議論して決めるほどのことだったんです。“奇妙な光景”だと思って見ていましたが、そうやって、男社会の現場に入れるように真剣に話し合っていただけることに、時代が動いていく感じがして興味深かった一幕でした。

 そういう状況からのスタートだったので、心理学の研究や調査によって明らかになった有益な情報を現場で働く人に伝えきれていないと思っています。

 このことが本書を執筆するきっかけにもなりました。もっと現場と研究が一体になることを望んでいますし、(私は可能であれば)現場を実際に歩いて研究することで、現場と研究、経験知と理論知が融合していければいいなと考えています。

メンバー同士の学び合いで「勝てるチーム」に

── この20年、いい意味で社会や企業が変化したと感じる部分はありますか。

山浦 20年前に比べると、社会全体が多様性を意識して、人の心に興味関心を持つようになったのは大きな変化ですね。リーダーシップや人間関係を重視する企業もかなり増えています。

 本書で紹介したJR西日本やJALがまさにそうです。私も研究メンバーの一人として、これらの企業の調査に参加させていただきました。

 そういう意味では、多くの心理学の研究者たちが地道に研究を続けてきたことが、少しずつ認知されるようになってきたと思います。

 スポーツチームの世界でも、選手たちが積極的に情報収集して、自分たちでトレーニングメニューを考え、監督の指導を踏まえつつもメンバー同士の学び合いで競技力が高まっていくケースも出てきています。選手たちが自ら動いて情報収集して練習を積めば、勝てるチームになることもあるわけです。

── トップダウンではなく、ボトムアップでチームを成長させていく。監督は絶対的な存在だと刷り込まれて育った昭和の世代には、考えられないでしょうね。

山浦 そういう意味では、時代の転換期に入ったと言えるかもしれません。私たちが研究している組織心理学のエビデンスも、これからますます必要になるだろうと思っています。

 科学的なデータと、企業やスポーツの現場の橋渡しは、若い世代や選手たちのほうが動きが早いように感じます。そのうえで、リーダーとも話し合って、上下関係を超えて学び合ってくれれば、それが一番理想的ですね。

 実際、私の教え子たちも「今までのやり方を変えていきたい」と言っている学生が多いので、これから積極的に動いていくだろうなと期待しているところです。そしたら社会はもっと変わるでしょう。まだ時間はかかると思いますが。

ネガティブな感情に踏み込まなければ組織は変わらない

── 『武器になる組織心理学』を読んで驚いたのは、心理学の中でも特に「妬み」をはじめとしたネガティブな感情を、これでもかというほど明らかにしたエビデンスの多さです。他のリーダーシップ本とは一線を画す内容で、非常に興味深く読みました。

山浦 どうすればモチベーションが高まるか、その重要な要因は何か? という問いだけでは、現場の問題の核心部分を解決することにはならないのではないか、と感じます。

 人間関係を前向きに考えるようにアドバイスしているテキストが山ほどあっても、悩める人が一向に減らないのは、「ネガティブな感情に苛まれている私」に向き合おうとしないからだと思うんです。

 特に、この本でも取り上げている「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」は、組織で働く人によくある潜在的な感情で、膨大な研究データからも明らかになっています。

 こうした自分の中のおどろおどろしいネガティブな感情にメスを入れない限り、本当の意味で変わることはできないでしょう。だからこそ私も、研究のしがいがあると思って、人間の闇、人間関係のダークサイドの部分を調査・分析し続けています。

 こうしたネガティブな部分を理解するほど、ポジティブで明るい部分への理解も深まると思います。人間の弱い部分を深く知るからこそ、他者の強さや前向きな側面を垣間見た瞬間に、感動すら覚えることもあるんじゃないでしょうか。

── 本書で一番ハッとしたのは、「能力が高いトップタレントが増えすぎるとチームパフォーマンスが下がる」研究結果を示したグラフです。

「リーダー向きの人とそうでない人」の決定的差グラフは次の論文を基に、一部省略のうえ作成。Swaab, R. I., Schaerer, M., Anicich, E. M., Ronay, R., & Galinsky, A. D.(2014). The too-much-talent effect: Team interdependence determines when more talent is too much or not enough. Psychological Science. 25(8), 1581-1591.

山浦 有能な人ほど“お山の大将”にもなりがちなので、ついつい「自分が、自分が!」となって協力し合うことがむずかしくなってしまう場合がありますよね。自分が一番と思い込んでいる者同士で、妬んだりせめぎ合ったりしていると、身内に敵がいる状態になります。すると、本当の敵であるはずの相手チームに勝てなくなってしまうのです。

 もちろん、強い者だけ集まったチームが圧倒的な成果を上げることもあります。メンバー同士、横の連携がとれている場合ですね。今年のオリンピックを見ていても、勝つチームはその点が共通していると感じました。

── メンバーを連携させるために、リーダーは何をすればいいのでしょうか?

山浦 でしゃばり過ぎないことじゃないでしょうか(笑)。「リーダー」という言葉が、よくないイメージを浸透させているのかもしれませんが、「人の上に立つ人」がリーダーだと思い込んでいる人が多いのです。自分が引っ張らなきゃ、自分が弱みを見せずに頑張らなきゃと、がんじがらめになっている人も少なくありません。

 すると、何かちょっとうまくいかないことがあるだけでイライラしたり、痛いところをつかれると自己防衛すると同時に、メンバーにネガティブな感情をぶつけたりして、結果、チーム全体のモチベーションやパフォーマンスに悪影響を及ぼしてしまうのです。

 リーダーは「リード」するよりも、言いたいことを言えるオープンな雰囲気づくりを目指したほうがいいのです。そして、メンバーが失敗しても責めないこと。

 以前、全国レベルの強いチームの選手たちに、「監督からどんな指導を受けているの?」と聞いたら、「プレイで失敗しても叱られない」と言っていました。そのくらい自由に発言して行動できる環境が望ましいのです。縁の下の力持ちがいてこそ、チームはうまく回ることをもっと多くの人に知っていただきたいですね。

山浦一保(やまうら・かずほ)
立命館大学スポーツ健康科学部教授
専門は、産業・組織心理学、社会心理学。企業やスポーツチームにおける「リーダーシップ」と「人間関係構築」に関する心理学研究に従事。福知山線脱線事故直後のJR西日本や、経営破綻直後のJALをはじめ、これまでに数多くの組織調査を現場で実施。個人がいきいきと働きながら組織が成果を上げるために、上司と部下はどのような関係を構築すればよいのか、理論と現場調査の両面から解明を試み続ける。
「リーダー向きの人とそうでない人」の決定的差