「妬み」「温度差」「不満」「権力」「信用(不信感)」。企業であれ、スポーツチームであれ、リーダーであればドロドロした人間関係を避けては通れない。組織を支配するこれらの要素に着目し、心理学から脳科学、集団力学まで、世界最先端の研究を基に「リーダーシップと職場の人間関係」を科学的な視点でひもといた画期的な1冊が『武器としての組織心理学』だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。(初出:2021年9月13日)
なぜ妬みを捨て切れないのか?
妬みが、わざわいを引き起こす元凶だというのならば、どうして、私たちはこの感情を持ち続けているのでしょうか。
本当に不必要なものであれば、人間が進化する過程で、淘汰されていてもおかしくないはずです。
妬みを抱く人は、職場に複数いる同僚たちの中からターゲットを抽出する繊細さを持っていると言えます。
しかも、抽出する基準は、自分に脅威をもたらし、劣等感を抱かせる相手なのですから、妬む人は、自分を直視する瞬間を経験している人でもあります。
他者の存在を強く気にして、自分の存在価値を確認し維持したいという欲求が強いと言えるでしょう。
妬みは「自己防衛のセンサー」
このことは、人間がより安全に生き抜くためには必要な能力です。
例えば、戦国時代の武将をイメージしてみてください。
食うか食われるかの乱世競争社会において、自分よりも有能で資源を豊かに持っている敵の武将が、さらに勢力を伸ばそうとして、自分の領地や資源、統治裁量、勢力を奪いにかかってくる可能性がありました。
自分の不安を煽り、自分の力量や評判など自分(の存在)に脅威をもたらす敵とは一戦を交えることでできるだけ早く排除し、自分の地位を盤石にしたいと考えます。
つまり妬みは、有能な相手から自分の資源を確実に守るためのセンサーの役割を担っているのです。
ただし、現代の人間関係では、自分より有能な相手を戦などであからさまに排除しようとはなりませんし、できません。
職場で自分の妬みの感情が誰かに知られれば、周囲からの評価や評判を自ら落とすことになりかねないからです。
そのような内なる感情と対峙するうちに、他者に対して
「あなたが今、ここにいなければ私の欲しいものがもっと容易く手に入り、こんなに苦しむことも、イヤな自分を感じることもなくて済んだのに」
と妬ましく、恨みや敵意さえも混じった感情を心の内で盛り上げてしまうのです。
自分の力だけでは現状解決が難しいとき、しかも、欲しい資源が有限で手に入りにくいものだと思っているとき、あるいは競争状況にあるときほど、この感情と向き合わなければならなくなります。
この状態は、決して心地好い状態ではなく、心理的な痛みを伴っています。
妬みを抱えたときに脳内で起きていること
この妬みと脳活動との関連性について、検討した研究があります。[1]
平均年齢22.1歳の19人の男女が集められ、あるシナリオを、主人公を自分自身に置き換えながら読むように伝えられました。
シナリオの主人公は、学業成績、部活動、就職活動状況などは平均的な人物だという設定です。
この実験の結果、自分との関連性が低く平均的な能力の登場人物よりも、自分と関連性が高く、かつ、優れた能力や所有物がある登場人物に対して、妬みの感情を抱くことが示されました。
具体的に言えば、
・同性で、進路や就職先、ライフスタイルや趣味が共通している(自分と関連性が高い)
・優秀な成績で、部活動でも活躍している(優れた能力や所有物がある)
このような人に対して妬みを抱きやすいというわけです。
さらに、脳の賦活状態(活動のレベル)を観察してみると、妬みを強く抱いた人は、前部帯状回と呼ばれる脳の一部分が強く反応していることが明らかになりました。
この前部帯状回は、血圧や心拍数のような自律的機能、意思決定や共感・情動といった認知機能、そして、身体の痛みに関係していると考えられています。
つまり、妬みは心の痛みだけでなく、身体の痛みももたらすのです。
心の状態と身体的な健康状態との密接なつながりを感じさせられる話です。
他人を不幸を喜んでしまう心理
ちなみに、妬みの対象者に不幸が起きたときには、「ざまあみろの心」(これをシャーデンフロイデと言います)が生じやすくなり、線条体と呼ばれる部分が活性化することも明らかにされています。
線条体が報酬系の部位であることを踏まえると、文字通り「他人の不幸は蜜の味」であると言えるでしょう。
さらに、前部帯状回の活動が強い人ほど、この線条体もまた強く反応したことが報告されています。
つまり、妬みが強い人ほど他人の不幸を喜ぶ「ざまあみろの心」も強くなるというわけです。
自分自身が生き残り、よりよく生きるための自己利益を得るためには、優れた相手の存在を察知しておくこと、そしていつ脅威をもたらしてくるかアンテナを張っておく必要があります。
妬みの感情には、自分の資源を確実に保持するためのセンサーの役割と、自己防衛を図ろうとする機能があるのです。
脚注:[1]Takahashi, H., Kato, M., Matsuura, M., Mobbs, D., Suhara, T., & Okubo, Y. (2009). When your gain is my pain and your pain is my gain: neural correlates of envy and schadenfreude. Science, 323,937-939
(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)