唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント8万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊され、たちまち3万部の大重版となった。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【医学の歴史を変えた画期的な新薬】爆発的に売れ続けギネスブックにも載った「鎮痛薬」とは?Photo: Adobe Stock

痛み止めの歴史

「痛み」というのは、私たちにとってもっとも不快な感覚の一つだ。頭痛や関節痛、腰痛などで痛み止めを手放せない人も多いだろう。

 こうした需要は、今も昔も変わらない。痛みをやわらげるため、人類はこれまでさまざまな方法を試してきた。中でも痛みを止めるのに有効だったのが、ヤナギの葉や樹皮である。古代ギリシャ、ローマの時代から、長らくヤナギは痛みや発熱を抑える目的で使われていたのだ。

 一八〇〇年代に、ヤナギの有効成分である「サリチル酸」が抽出され、のちに人工的に化学合成できるようになった。サリチル酸の名は、ヤナギの学名「Salix(サリクス)」に由来するものだ。

 だが、サリチル酸には大きな欠点があった。胃の不快感や吐き気、胃潰瘍などの副作用があまりに強かったのだ。

 一八九〇年代、サリチル酸の改良に着手したのが、ドイツの製薬会社バイエルで医薬品研究を行っていたフェリックス・ホフマンだった。ホフマンには、この研究に打ち込む理由があった。関節リウマチだったホフマンの父は、関節痛のためにサリチル酸を内服しており、ひどい副作用に悩まされていたのだ。

 一八六三年に染料会社として創業されたバイエルは、一八八八年に医薬品部門を創設し、さまざまな薬の研究を行っていた。中でも、薬の性質を改変し安全性を高めるための手法の一つ、「アセチル化」が精力的に研究されていた。薬の分子構造に「アセチル基」を導入する反応だ。

「アセチル基」(CH3COー)とは、酸素原子(O)と二つの炭素原子(C)、三つの水素原子(H)が結合した構造のことだ。この構造を結合させると、化学物質の性質が変化する。

 一八九七年、ホフマンはサリチル酸をアセチル化することで、胃への副作用を軽くできることを発見。一八九九年にバイエル社は、この「アセチルサリチル酸」の錠剤を発売した。商品名は、「アスピリン」である。

 アスピリンの人気は絶大で、爆発的に売れ続けた。一九五〇年代には世界でもっとも売れた鎮痛薬としてギネスブックにも登録され、今に至るまで鎮痛薬の代表的な存在になっている。例えば、「半分はやさしさでできている」のキャッチコピーでおなじみの市販薬「バファリン」は、「バッファー(緩和するもの)+アスピリン」に由来するアスピリン製剤である。

 まさに鎮痛薬のベストセラーといっていいアスピリンだが、「なぜ痛みがおさまるのか」については長らく不明であった。この謎は、一九七一年、イギリスの薬理学者ジョン・ロバート・ヴェインによって解明された。アスピリンが発売されてから七十年以上も後のことだ。

 ヴェインはこの功績で、一九八二年にノーベル医学生理学賞を受賞した。