かつて、田中角栄元首相が、首相退任後も政界で隠然たる影響力を保ち「闇将軍」と呼ばれた。「闇将軍」とは、公式には自民党所属ですらなかった政治家が、役職に何も就かず、何の権限も持たないのに、政治のすべてを一人で決めるほどの隠然たる権力を持つという、得体の知れないものだった。しかし、今回の総裁選・党役員人事・組閣を通じて、自民党・政府の資金、人事権、公認権、利益誘導の公的な権限・権力を実質的につかんだ「新・闇将軍」が誕生した。安倍晋三元首相である。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
「勝者」にさせてもらった岸田新総裁
自民党総裁選は、岸田文雄新首相が「圧勝」したといわれるが、私は彼が「勝ったのではない」と思う。総裁選で、さまざまな政治家の激しい政争の結果、岸田新首相が「勝者」になっただけだ。
岸田氏の選挙戦は、到底「勝者」のものではなかった。政局勘、戦略眼のなさは相変わらずだった(本連載第285回)。
高市早苗新政調会長が安倍氏の支援を得て出馬すると、保守派の支持を集めてネットが盛り上がった。高市氏の勢いはすさまじく、投開票日前には、第1回投票では岸田氏と高市氏のどちらが2位となるかわからなくなった。
それでも、第1回投票の開票では、岸田氏が河野氏を1票上回り1位となった。それは、安倍氏が選挙戦の最終盤で「手を緩めた」からだ。
総裁選半ば、安倍氏は、福田達夫氏ら若手が結成した「党風一新の会」の参加者などに「アベノフォン」と呼ばれるほど電話をかけまくった。「河野氏の『脱原発』に支持団体は怒っている。次の選挙で支援を得られないぞ」という内容を話し、河野氏支持を切り崩していったという。だが、アベノフォンは、投開票前にパタッと止まった。
その頃、岸田陣営と高市陣営が、決選投票での協力で合意したという報道が流れた。福田氏も決選投票では岸田氏に投票すると表明し、岸田氏勝利の流れが出来上がっていった。だが、これは岸田派側の戦略的な動きでなかったのは明らかだろう。岸田派幹部が、高市陣営との合意で勝利を確信しながらも、岸田政権は「安倍かいらい政権になる」という「自虐的」な発言もあったという。これは、岸田氏勝利の流れは、安倍氏の仕掛けだったことを示唆している。
岸田氏は、安倍氏に「勝たせてもらった」だけなのだ。