「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。
キリスト教では大罪、仏教では煩悩
人間を非合理的な行動に駆り立てる感情の中でも、最も厄介なのが「妬み」です。
妬み(envy:ラテン語invidia)は、カトリックでは七つの大罪の一つに挙げられます。
七つの大罪とは、嫉妬のほかに、傲慢、憤怒、暴食、色欲、怠惰、貪欲で、人を罪に導く可能性がある感情と考えられてきました。
また、仏教では、煩悩の一つである「嫉」として扱われています。
説一切有部(釈迦の死後数百年の間に仏教教団が分裂してできた部派の一つ)によって、「五位七十五法」という、あらゆる事象を5つの区分と75の法(要素)で説明する分類がなされました。
5つの区分の一つが「心所法」という心の働きであり、そのうちの要素の一つに嫉が組み込まれています。同じ区分の中には、忿(怒り)、覆(自分の過ちの隠蔽)、諂(へつらい)などがあります。
このように、「妬み」は人間の最も原始的な心理で、遠い昔から、私たちの心に潜む相当な悪玉の親分だと考えられてきました。
他人と自分を比較するのをやめられない
「私は先延ばししてばかりで、計画どおりに物事が進んだためしがない。
一方で、同じ職場にはそれをやってのける同期入社のXさんがいる。Xさんが、私がこれまで務めてきた役職に就くことになった。
私はまだやる気だったし、これまで一生懸命やってきた自負もあるのに、どうして今この人事なんだろう」
こんなふうに私たちは日々、誰かと比較しながら自分の能力や存在価値を値踏みしています。
自分よりも優れた能力や魅力を持った、同じ職場のXさんの存在に気づいたとたん、その存在を意識し始めます。
冷静に考えれば、Xさんと友好的に手を組んだ方が、より高いレベルの成果が得られる可能性があるわけですから、そうすることが合理的な行動選択です。
しかし、上方比較(自分よりも優れた人と自分との比較)をすることによって劣等感に苦しめられてしまいます。
その結果、実際にとる行動は、
「Xさんが困っていても手伝わず、肝心な情報を流さない」
などの意地悪で非倫理的な対応で、Xさんの足を引っ張ることだったりするのです。
このようなかかわり方では、人間関係がギクシャクしたり、職場全体のパフォーマンスが滞ったりすることはあっても、誰一人として得をすることはありません。
(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)