新井平伊医師アルツクリニック東京院長、順天堂大学名誉教授の新井平伊医師

 新井医師は順天堂大学医学部精神医学講座の名誉教授で、2019年3月まで同付属順天堂医院メンタルクリニック診療科長を務めていた。アルツハイマー病研究では世界の研究者トップ100の38位に選出された名医であり、日本の認知症治療の第一人者だ。定年後にはあまたの役職招聘の話があったはずだが全て断り、いくつかある認知症の中でも最も患者数が多い、アルツハイマー病の予防に取り組む同クリニックを設立した。

 アルツハイマー病の予防には3段階ある。一次予防は「発症させない」、二次予防は「発症を遅らせる」、三次予防は「進行を遅らせる」。従来、新井医師を含め、医師が保険診療で取り組んできたのは三次予防だった。

「二次予防のための確固たる武器がなかったため、患者さんがせっかく受診してくれて、発症前の軽度認知障害(MCI)や、もっと前の主観的認知機能低下(SCD)の段階で早期発見できた場合でも、経過観察するしかありませんでした。

 私はそれが残念で、アルツクリニック東京を設立し、患者さんやご家族と一緒に認知症と闘ってきました」

発症年齢を5年遅らせ
「患者半減」を目指す

 目指すのは、日本のアルツハイマー病患者の半減だ。新井医師の戦略を説明しよう。

「超高齢化に伴い、日本の認知症患者は5年ごとに倍増すると推計されています。ということは、認知症の兆候を超早期に発見して、SCDからMCIになる人の発症を5年遅らせれば、患者を半減させることができる」

 どういうことかというと、アルツハイマー病は普通、急激には進行しない。自立した生活が送れるMCIの期間が5年、半介助が必要になる中度が5~8年、全介助を要する重度な期間も5~8年と続き、20年かけてゆっくりと増悪する。

「日本の人口に占める認知症患者の割合は、65~69歳で約2.5%、70~74歳では約5%、75~79歳では約11%、80~84歳で約25%、85~89歳では約56%と、5年ごとに倍々になってくる。

 つまり、発症年齢を5年後ろ倒しにできれば、全体の患者数も半分にできる。それには、認知症の前段階であるMCIでの対策が重要になります」

 なるほど、わずか5年遅らせるだけでも社会全体としては大きな差になるわけだ。

 だが、それは本当にできるのだろうか。というのも、SCDどころかMCIですら、診断するのは難しい。家族が認知症を疑って脳ドックや専門外来に連れて行っても、「異常なし」と帰され、なんら治療されないまま「気が付いたら介助なしには生活できないほどに進行していた」という事例は少なくない。