オープンイノベーションの成功確率をグンと上げる「スイッチの入れ方」illustration:村林タカノブ

会社の垣根を越えて知識や技術を流出入させることで革新を起こす「オープンイノベーション」に取り組む大企業は、近年、増加傾向にある。一方で、オープンイノベーションに対しては「メイン業務ではない」という認識が生まれやすく、思うように進展しないということが起こりがちなのも事実だろう。
東芝で新規事業を推進し、その成果をもってコエステ株式会社(エイベックスとの合弁会社)を設立した社内起業家、金子祐紀氏は、オープンイノベーションを成功させるコツは「スイッチの入れ方」にあるという。『大企業ハック大全』から、その技、「ライトモード/本気モード切り替え」を紹介しよう。

通常はライトモード、具体化してからは本気モード

 私自身もオープンイノベーションに取り組むひとりです。かつては、何かしらの成果を出したいと思いながらも、うまく進まない状況が続いていました。オープンイノベーションに取り組む人の多くは別のメイン業務を抱えています。そのうえで新たなアイデアを生み出さなければならないため、オープンイノベーションはどうしても片手間作業になりがち。放っておけば、何も進捗がないまま月日だけが経ってしまいます。

 では、オープンイノベーションのために時間と手間をかけつづければ成果が出るのかというと、決してそうではありません。「なんとなく」でコスト(=時間、手間)をかけても、何も進まない経験は私自身、幾度もありました。そこで私は、「いっそ割り切ったほうがうまくいくのではないか」と考えたのです。

 大企業とスタートアップをつなげるピッチ大会など、交流の場には可能な限り出向き、自社の技術を知ってもらう。そこで出会った人とは、SNSなどでつながっておく。そして、具体的なアイデアの種が生まれるまでは、そのまま放っておく――つまり、通常は「ライトモード」でコストを最低限に抑えて過ごします

 そして、お互いのアイデアがマッチして企画が具体化した瞬間から、「本気モード」に切り替えるのです。ここからはコストもかけて、メイン業務として一気に進めていきます。もちろん相手にも本気モードのスイッチを入れてもらわなければなりません。

 すると、オープンイノベーションの成功確率がぐんと上がるのです。実際に、ライトモードから本気モードへうまく切り替えたことで、新サービスがローンチした事例もあります。

成功の秘訣は「自分から先に動いて楽しく巻き込む」

 自分が本気モードに切り替えた後、いかに相手を本気モードにさせるかが、この技の成功のカギです。「人を動かすのは難しい」と思われがちですが、実は、相手の本気モードのスイッチを押す秘訣があります。それは自分から能動的に動くことです

 たとえば、ミーティングもすべてこちらから設定しますし、次のミーティングに必要な材料集めも自ら行います。ここでポイントになるのが、「自分はこれをやるから、あなたはこれをお願いします」と相手にも宿題を出すこと。オープンイノベーションはそもそも協業で進めるものですから、こちらが先に役割を引き受ければ、相手も課された宿題を断りにくくなります。そうして徐々に相手の役割も増やしていき、メイン業務扱いしてもらうのです。

 もう1つ大切なのが、相手に「楽しそう」と思ってもらうことです。こちらがどれだけ本気モードに切り替えても、「楽しくない」「やる意義がない」と思われてしまえば、時間を割いてもらえません。「これが実現したら絶対面白いものが生まれる!」と思える雰囲気を作り、相手も楽しみながら巻き込まれてくれる状況を作ることが重要なのです。

 いつまでライトモードで、いつから本気モードに切り替えるのか、最初は悩むこともあるでしょう。しかし実践を積んでいくうちに感覚が身についていきます。また、もともと持っていたメイン業務を手放せず、本気モードに切り替えられないという悩みも出てくるかもしれません。しかし、会社側はどうにかしてオープンイノベーションの成果を出したいと思っている場合がほとんどなので、新規事業の道筋を説明して納得してもらえれば、メイン業務の変更には協力してもらえるでしょう。

 注意すべきなのは、ライトモードと本気モードの中間の状態です。私の経験上、このような状態で新規事業を進めるのは非常に難しいと感じています。本気モードに切り替えたら中途半端にしないこと。そうすれば、形だけになりがちなオープンイノベーションの成功例が増えていくはずです。

コエステ/東芝 | 金子祐紀(かねこ・ゆうき)
2005年に東芝に入社し、さまざまな新規事業の立ち上げに携わる社内起業家。2016年から声の新しいプラットフォーム「コエステーション」を立ち上げ、エイベックスとの合弁会社であるコエステ株式会社を設立。2020年4月にコエステ株式会社の執行役員に就任。東京大学大学院協力研究員。