高齢化で「最期」への関心高まる
『おくりびと』が死生観を考える出発点に

 中国では長年にわたり実施した一人っ子政策の影響で、近年、少子高齢化が急速に進み深刻な社会問題となっている。社会制度や死に関する文化や教育などの改革が、高齢化のスピードに追いつかない状況である。「2016年~2021年の中国葬儀サービス産業の市場運行および発展趨勢研究報告」によると、現在中国の毎年の死亡人口は約1000万人で、今後は年々増加していき、20年後は毎年2500万人に上ると予測されている。

 このような社会の変化も相まって、今、「尊厳のある死」「人生の最後をどう過ごすべきか」などの問題が中国国内でこれまでになく高い関心を集めている。数年前から、社会、教育、医療分野などの複数の専門家が「死についての議論は一日も早く真剣に行うべきだ」「死の哲学や教育の推進と普及は喫緊の課題で、急務である。新しい時代に合う葬儀文化と礼儀の構築は、故人の尊厳を保つだけではなく、わが国の基本的な価値観を樹立する重要な一環である」と主張している。

 こうした中で、『おくりびと』が上映された。中国葬儀協会の幹部は筆者に次のように話す。

「『おくりびと』は(本作が最初に公開された)13年前に、われわれ葬儀業界に一石を投じ、業界は大きな衝撃を受けた。『葬儀サービスとは何か、死とは何か』について考えさせられた。

 映画の主人公は故人に尊敬と感謝の念を込めて丁寧に化粧や着衣を施し、それが家族への慰めにもなっていた。日本ならではの『匠の文化』だと感じた。以来、納棺師という職業にもっとプライドを持って臨むべきだと、新人の研修でいつもこの映画を紹介している」

 そして、こんなエピソードも明かした。

「実は、スタッフの中で、13年前に『おくりびと』を見てこの職業に就く決心をした女性がいる。それぐらい、この映画の力は大きかった」

 また、13年ぶりに公開された4K修復版が葬儀関係者だけでなく、中国国内の観客から大きな反響を呼んでいることについては、「今の中国に死と正面から向き合おうという社会的な変化が生じているからだ」と分析する。「『おくりびと』がわれわれ中国人に、死生観について考える機会を提供してくれたのではないか」と語った。

 筆者もまさにその通りだと思う。実際、SNSでは下記のように自ら感じたことをつづった書き込みがたくさん見られた。

「映画は、葬儀従事者だけの物語ではない。死生観、家族愛、夫婦愛のテーマでもある。もう3回も鑑賞したが、毎回泣くところが違う。その都度、新しい発見ができた。本当に素晴らしい作品だ!」

「映画の最後に、主人公の奥さんが旦那さんの仕事を理解するようになって、『夫は納棺師なんです』と話したときのシーンに思わず涙が出た……。これが愛というものだ!」

「一見、重そうな映画だが、ユーモアもあり、笑いもある。哲学的でもある。『死は門だね。死ぬということは、終わりということではなく、そこをくぐり抜けて次へ向かう。まさに門です』という銭湯の常連客であり火葬場職員のセリフは、体が震えるほど心に刻んだ」

 先述のオンラインセミナーに、中国から参加した人の多くは若者だった。日本の介護施設のみとりやエンゼルケアの話に感銘を受け、たくさん質問もしていた。

「死は終わりではなく新しい出発だ」――。『おくりびと』が世界に発したメッセージが、中国の人々、特に若者に伝わり、中国社会の死生観を変えていく出発点となるだろう。人口大国である中国が変わるには時間が必要だが、こうした良質な日本映画が人々の意識に投影されていくことは、両国の友好にも良い影響を与えるに違いない。