――筆者のクリストファー・ミムズはWSJハイテク担当コラムニスト
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あなたがフェイスブックや仮想現実(VR)、メタバースを巡る騒動に圧倒されているとしたら、来年は覚悟しておくべきだ。アップルは2022年に、少なくとも同じくらい注目を集めそうな製品を発表するとみられている。iPhone(アイフォーン)の次の革新的テクノロジーになる可能性を最も秘めた、ヘッドマウント(頭部装着)型デバイスだ。
フェイスブックを運営するメタ・プラットフォームズは、われわれの現在の現実に代わる、ソファに座ったまま入り込める世界に注力している。アナリストによると、アップルは、拡張現実(AR)を利用可能なヘッドセットまたはスマートグラスの発売を計画している。ARとは、現実世界のわれわれの視界の至る所にデジタルピクセルの粉をちりばめるように情報や物体、データを重ね合わせる技術を指す。アップルはその計画を明らかにしてはいないが、アナリストや業界関係者は、アップル初のARデバイスが2022年末までには発表される可能性があるとみている。
アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)は、ARについて 何年も前から口にしてきた ため、それが アップルや業界全体にいかに大きな影響 をもたらしかねないかを忘れがちだ。専門家によって見解は異なるが、ARはインターネットにアクセスする新たな手段の一つになる可能性もあれば、われわれのインターネット体験全てを包摂し、多くの企業が現在開発に取り組んでいると主張している「メタバース」への不可欠な入り口になる可能性もある。いずれにしろ、ARヘッドセットの持つ影響力とその市場は巨大な可能性があり、いくつかの要因(マイクロチップの開発力の向上やアップルの忠誠心の高いアプリ開発業者など)は、アップルがiPhoneのときのように、ARビジネスの周囲に迅速に「堀」を築ける特異な立場にあることを示唆している。
当然ながら、他の企業も驚くほどバラエティーに富んだ、顔に装着する同様のコンピューターを既に発表しているか、近く発表する見通しだ。マイクロソフトの「HoloLens(ホロレンズ)2」は、恐らく現在のところ最も成功しているARデバイスだが、1.25ポンド(約570グラム)とかなり重く、価格は3500ドル(約39万5300円)からで、完全に法人顧客を対象にしている。同社は、少なくとも将来は消費者向け製品を発売することも念頭に置いている。マイクロソフトで複合現実(MR)技術に携わるエンジニアのアレックス・キップマン氏は、同社のヘッドセットは最終的に「より没入感が高く、手頃で、社会的に受け入れられるフォームファクター(物理的な仕様や規格)のものになるだろう」と述べた。
こうしたヘッドセットは、「空間コンピューティング」と総称される広範な現象の一部であり、それはスマートフォンの次となる革新的テクノロジーになる可能性を秘めている。このコンセプトには、顔に装着するタイプのコンピューター全てが含まれる。メタが「オキュラス」ブランドで販売している、仮想世界に完全に没入できるVRのみに対応したヘッドセットや、カメラを通じて外部の視界を装着者に見せるARやMRヘッドセット、メガネのような見た目と掛け心地だが装着者の視界に情報を映し出す、そうした端末の元祖(で 失敗に終わった )「グーグルグラス」の進化版などだ。
しかし、アップルは代替現実を巡る競争で独自の優位性を発揮し、早期参入者を一挙に追い抜く可能性がある。
まず、アップルのヘッドセットは同社独自の内製チップを軸に開発されることがほぼ確実だ。そのチップは現在のところ、モバイル端末のパフォーマンスに関して、極めて重要な1ワット当たりの性能が断トツだ。この指標は基本的に、バッテリーの1回の充電で、どのくらいの計算能力を引き出せるかを表す。
これは、他のAR端末を制約している物理的な制限を克服する上で非常に有利だ。マイクロソフトのホロレンズは分厚くてあまりスタイリッシュとは言えず、新興企業マジックリープのヘッドセットも同様にかさばる。空間コンピューティングに特化した調査会社アーティラリーインテリジェンスのアナリスト、マイク・ボーランド氏はこう話す。
また、アップルはARの方がVRよりも多くの人にとって利用しやすい可能性があるとみており、同社の既存のエコシステムがその後押しになる。ARデバイスは道案内やメッセージ通知、ビデオチャットなどの情報を有用な形で透明なレンズ上に表示できる(それは間違いなく、多少気味悪くもある)。アップルは、モバイル端末やウエアラブル端末を提供することで、「どこでもコンピューティングする」ことを可能にする企業となった。また、ほとんどの人は概して、メタが提唱するような完全没入型のVRテクノロジーを利用するよりも、場所を問わずデバイスを操作できる方を好むことを示した。
ヘッドマウントディスプレーを使用し、道案内やメッセージ、ビデオチャットなどスマホに現在表示しているあらゆる情報を、現実世界のわれわれの視界に直接重ねて表示できるのは、現時点ではあまり魅力的に聞こえないかもしれない。
ボーランド氏によると、VRヘッドセットの市場はまだ比較的小さい(年間販売台数は数千万台前半)が、メガネ市場の規模は年間1500億ドルに上る。ホロレンズやマジックリープのヘッドセット並みの機能を果たせる、それなりにおしゃれな「スマートグラス」を開発できる会社があるとすれば、それはアップルだとボーランド氏は指摘する。
このコンセプトを実証する同様のプロジェクトについては、テクノロジー資源や市場影響力でアップルの足元にも及ばない比較的小規模な企業が先行している。1997年創業のARヘッドセット会社ビュージックスは最近、最新の最もしゃれたスマートグラス「 Vuzix Shield (ビュージックスシールド)」を発表した。バッテリーやコンピューター、カメラ、ディスプレー投影装置を全てメガネのつるに組み込まなくてはならないため、縁が最も分厚いメガネと比べてもまだかさばるものの、1日中装着できるよう設計されている。ビュージックスのポール・トラバースCEOは、ビュージックスシールドには同社の長年にわたる企業や国防総省向けのARヘッドセットの開発経験が生かされていると述べた。
スナップチャットを運営するスナップは今年、同社のスマートグラス「Spectacles(スペクタクルズ)」の最新版にAR機能を追加した。現在のところ、この製品は開発者向けにしか提供されていない。グーグルからスピンオフ(分離・独立)し、大ヒットARゲーム「ポケモンGO」の開発で知られるナイアンテックも、 軽量なスマートグラス の開発に取り組んでいる。同社のジョン・ハンケCEOによると、最初のスマートグラスは、完全に3次元(3D)の物体が生息している幻の世界をユーザーの周囲に創り出す「完全ARデバイス」になる。
軽量で装着しやすいデバイスで完全なARを達成するのは、技術的に難しく、それを克服できた参入者はまだいないが、永久に実現できないわけではない。こう話すのは、半導体大手クアルコムでXR(AR、MR、VRを包括する業界用語)とメタバース担当バイスプレジデントを務めるヒューゴ・スチュワート氏だ。われわれは10年以内に、毎日長時間利用できるほど軽く、今日の重たいARやVRヘッドセットと同程度の機能を持つARグラスの「聖杯」に近づくだろうと同氏は話す。
スチュワート氏は、業界をさまざまな視点から見られるユニークな立場にある。メタの最新のVRヘッドセット「Oculus Quest(オキュラス・クエスト)2」やビュージックスのスマートグラス「シールド」、マイクロソフトの「ホロレンズ2」、ナイアンテックが開発中のデバイスなどに搭載されるマイクロチップを提供する部門を統括しているためだ。
スチュワート氏が考えるARに対する解決策の一つは、必要なコンピューティングの多くは誰もが既に持つデバイス、すなわちスマホで行い、新たなWi-Fi規格「6E」経由でヘッドセットとつなぐ方法だ。そうすれば、高速な高周波数帯を用いて両機器を接続できるため、処理のほとんどをスマホでできる。
ハンケ氏によると、ナイアンテックをはじめとする企業は、メガネのようなフォームファクターで完全なARを実現するため、そうした解決策に取り組んでいる。「このようにすれば、ヘッドセットの大きさと放熱をかなり抑えることができる」と同氏は話す。
また、iPhoneの人気を考えれば、このアプローチはアップルの強みを生かすことができる。さらに、アップルがスマートグラスをスリムに保つために、実際に必要な処理の多くをiPhoneに肩代わりさせることを決めた場合、多くの市場でiPhoneの支配的なモバイル端末としての地位を一段と固めることができる、とボーランド氏は指摘する。スマホ需要の伸びが鈍化する中、アップルはスマートウオッチやヘッドホンなどのアクセサリーの販売を増やす戦略にシフトしており、そのリストにスマートグラスを加えることは理にかなっているという。
どのようなフォームファクターになるにせよ、人々が実際にスマートグラスを採用するかどうかは、デザインと文化面のハードルを克服できるかどうかにかかっている。「率直に言って、人々は顔に何かを付けるのを嫌がるものだ」とビュージックスのトラバース氏は話す。元祖のグーグルグラスは消費者の反発を受け、メタとレイバンが共同開発したカメラを搭載したサングラスなど、最近の取り組みは評価がまちまちだ。人々にコンピューターを顔に装着するよう求めるのと、バッグやポケットに収まるガラスや金属製の滑らかで薄い板状の端末を持ち歩くよう求めるのとは、全く訳が違うということだ。
この点でも、アップルの強みが物を言う可能性がある。つまり、同社のデバイスをマーケティングする能力とデバイス自体が持つマーケティング力だ。アップルは、「fear of missing out(FOMO:取り残されることへの不安)」をかき立てるハードエウアを開発するのが得意だ。また、アップルには、そのような感情をあおるソフトウエアやサービスを開発する膨大な開発業者がいる。
メタがソフトウエアベースのメタバースの開発に成功したとしても、それを利用する最適で最も人気の方法がアップルのヘッドセットになる可能性はある。ユーザーがメタのサービスを利用する主な手段が、アップルのデバイスになる、という事態はこれまでにも起こっている。フェイスブック、ワッツアップ、インスタグラムはいずれも、iPhoneで非常によく利用されている。
AR提唱者の中には、 FOMOをかき立てる空間コンピューティング向けのキラーアプリは、ゲームになる とみている人たちもいる。しかし、スマホの場合、モバイル通信によるインターネットアクセスのおかげで、多くのアプリがキラーアプリになった。同様に、スマートグラスも、普及を促すアプリは一つではないかもしれない。「今日スマホで利用できている機能を、これまでよりも簡単に、あまり立ち入った形でなく、自然に利用できるようにできるかどうかが重要だ。それには、現実世界を行く中で文脈に沿った形でそれら機能を提示する必要がある」とハンケ氏は述べた。
ARにはまだ不確かな点がたくさんある。アップルのヘッドセットの売り上げが、ウオッチ事業と同程度にとどまる可能性もある。つまり、客観的な基準では相当な規模だが、時価総額世界首位に断続的に立っている企業の総売上高に占める割合としては、非常に小さいビジネスだ。
しかし、一部の人たちが主張するように、ARやより広い空間コンピューティング現象が、パソコンやスマホにおのずと取って代わる可能性もある。だとすれば、その未来のどの部分を誰が提供するかを巡るフェイスブック、アップル、グーグル、その他数百社の争いが今、始まりつつある。



