「元・日本一有名なニート」としてテレビやネットで話題となった、pha氏。
「一般的な生き方のレールから外れて、独自のやり方で生きてこれたのは、本を読むのが好きだったからだ」と語り、約100冊の独特な読書体験をまとめた著書『人生の土台となる読書』を上梓した。
本書では、「挫折した話こそ教科書になる」「本は自分と意見の違う人間がいる意味を教えてくれる」など、人生を支える「土台」になるような本の読み方を、30個の「本の効用」と共に紹介する。

「遠くへ出かけて人生を見直そう」家族のことを見て見ぬフリしてきた主婦の発見Photo: Adobe Stock

「人生を振り返る時間」をつくる

 最近、自分の人生を振り返ってみたことがあるだろうか。

 毎日の生活に追われていると、なかなかそんなヒマはないかもしれない。

 だけど、たまには時間を取って、ゆっくりと自分の人生を見直してみたほうがいい

「自分はこんなふうに生きてきた」と思っている内容は、本当に正しいだろうか。

 人間はすぐに思い込みにとらわれて、現実を見失ってしまう生き物だ。

 自己正当化をするあまりに、何か大事なことを見逃してはいないだろうか。

何も疑って生きてこなかった「ある主婦」

 人生を振り返る小説といえば、アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』だ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「何日も何日も自分のことばかり考えてすごしたら、自分についてどんな新しい発見をすると思う?」
『春にして君を離れ』より引用

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 アガサ・クリスティーといえばミステリ作家として有名だ。しかし、この作品はミステリではない。人は死なないし何も事件は起こらない。ただひたすら主人公が自分の人生を振り返るだけの話だ。

 それなのにすごく面白い小説になっているのは、さすが「ミステリの女王」と呼ばれた達人の作品だ。1ページごとに少しずつ、隠された真相に近づいていく書き方がとてもスリリングなのだ。

 主人公のジョーンは、夫と3人の子どもがいる主婦だ。子どもはみんな成人して家を出ている。ずっと夫婦仲はよく、子どもたちも全員、いい結婚相手を見つけて、とても幸せで平和な家庭を築いてきた。

 こんなに家庭がうまくいっているのは、自分が家の中のことをすべて取り仕切ってきたからだ、と彼女は自負している。

 ジョーンはバグダッドにいる娘を訪ねたあと、イギリスまで汽車で戻ろうとする。

 しかし、線路が豪雨で流されて汽車が来られなくなってしまい、砂漠の真ん中の何もない宿泊所で、何日も足止めされてしまう。彼女は、いつ来るかわからない汽車を待ちながら、自分の人生を振り返り始めるのだ。

すべては実は「自己満足」だった

 ジョーンは、良き妻として、良き母として、今まで精一杯やってきたと思っていた。

 しかしそれは、すべて独りよがりの自己満足だったのかもしれない、という疑いが、彼女の頭の中に湧いてくるようになる。

 夫が、弁護士の仕事がつらいので辞めて農場を経営したいと言ったときに、「子どもみたいな馬鹿なことを言ってはいけない」と必死で止めたこと。

 娘が恋をしたときに、愚かな一時的な気の迷いに過ぎないと決めつけて、頭から否定したこと。

 夫が自分を旅に送り出したとたん、元気になったように見えたこと。

 ジョーンは、自分以外の家族はみんな頼りないから、自分が必死でみんなの行く道を正すことでこの家を支えてきたと思っていた。

 だけど、そう思っていたのは間違いで、自分は家族の気持ちにまったく目を向けず、自分の気持ちを一方的に押し付けてきただけだったのではないだろうか

 本当に自分は家族のために尽くしてきて、家族のことを愛していて、家族から愛されているのだろうか

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あのね、お母さま、あたし、自分の友だちも自由に選べないの?」
「そんなことはないわ。でもねえ、わたしの助言も受け入れてくれないと。あなたはまだとても若いんですからねえ」
「つまり、あたしの思い通りになんか、できないってことね。やりたいことを何一つやれないなんて! この家はまるで牢獄だわ!」
『春にして君を離れ』より引用

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

見ないフリをせず「向き合う」

『春にして君を離れ』は1944年に発表された小説だけど、今読んでもまったく古さを感じない。

 人間の心の動きや愚かさは、今も昔もまったく変わらないのだ。

 この本を読んで、僕も思い当たることがいくつもあった。

「あれは自分が正しかった」と思わないとやってられなかった過去の出来事についても、自分に都合の悪い部分に気づかないフリをしていただけで、思い返してみると本当は自分にもよくない面がたくさんあった

 見たくないから見ないでいたことを、あらためて見つめ直すのは怖い。

 だけど、見ないフリをしてずっと生きていくよりは、きちんと向き合ったほうがいい。

 目を背けてきたことには、いつか必ず追いつかれるのだ

 後悔のない人生を送るために、ときどき自分の人生を振り返って考え直してみよう。

 普段と同じ生活を送っているとなかなか落ち着いて振り返りにくいので、この小説のように、一人でゆっくり遠くに出かけてみたりできるといいだろう

pha(ファ)
1978年生まれ。大阪府出身。
現在、東京都内に在住。京都大学総合人間学部を24歳で卒業し、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて社内ニートになるものの、28歳のときにツイッターとプログラミングに出合った衝撃で会社を辞めて上京。以来、毎日ふらふらと暮らしている。シェアハウス「ギークハウス」発起人。
著書に『人生の土台となる読書』(ダイヤモンド社)のほか、『しないことリスト』『知の整理術』(だいわ文庫)、『夜のこと』(扶桑社)などがある。