『課長2.0』の著者・前田鎌利氏と、注目の最新刊『若手育成の教科書』の著者・曽山哲人氏が、「若手を育てるための管理職の思考法」をテーマに語り合う対談が実現した。サイバーエージェントは若手が活躍する会社として知られているが、その秘密を人事本部長である曽山氏が明かしたのが『若手育成の教科書』。なぜ、サイバーエージェントでは、若手が伸び伸びと働き、最速で成長していくのか? おふたりに論じ合っていただいた。【構成・前田浩弥、写真・榊智朗】

人材育成の肝は「部下を放置する」こと。この考えの深い理由とは?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

育成の肝は「放置」である

前田鎌利さん(以下、前田) 『若手育成の教科書』では、「抜擢」が重要なテーマになっていますね。私なりに解釈すると、「育ててから抜擢するのではなく、抜擢するから育つ」ということかなと思いました。若手を「育てる」というよりは、若手に積極的に仕事を任せることによって、「育つしくみ」をつくることを意識されている、と。

曽山哲人さん(以下、曽山) そうですね。もちろん、単に「任せる」だけではなくて、「任せる案件の意味」と「期待」をセットで伝えることが大切だと思っていますね。

前田 「任せる案件の意味」と「期待」をセットで伝える……具体的に言うとどういうことでしょうか?

曽山 ちょうど今日、入社して半年となる中途のメンバー3人とランチに行ったんですが、そこで「サイバーエージェントに入ってどう?」と聞いたら、みんな「任せてくれて本当に嬉しい」と言ってくれました。

 それで、その中のひとりがこんなことを言っていました。ある難しい案件を任されたときに、上司に「この案件は難易度が高いから、もしかしたら失敗するかもしれない。失敗したら責任はおれが持つ。でも、たとえ失敗したとしても、そこで失うものより、ここで頑張ってやり切る意味のほうが大きい。いや、そもそも君に失敗させないようにサポートする。大丈夫だからやってくれ」と言われて、すごくやる気になったと。まさにこれが、「任せる案件の意味」と「期待」をセットで伝えることなんです。

人材育成の肝は「部下を放置する」こと。この考えの深い理由とは?曽山哲人(そやま・てつひと
株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO
1974年神奈川県横浜市生まれ。上智大学文学部英文学科卒業。1998年伊勢丹に入社、紳士服部門配属とともに通販サイト立ち上げに参加。1999年、社員数が20人程度だったサイバーエージェントにインターネット広告の営業担当として入社し、後に営業部門統括に就任。2005年に人事本部設立とともに人事本部長に就任。2008年から取締役を6年務め、2014年より執行役員、2016年から取締役に再任。2020年より現職。著書は『強みを活かす』(PHPビジネス新書)、『サイバーエージェント流 成長するしかけ』(日本実業出版社)、『クリエイティブ人事』(光文社新書、共著)等。ビジネス系ユーチューバー「ソヤマン」として情報発信もしている。2005年の人事本部長就任より10年で20以上の新しい人事制度や仕組みを導入、のべ3000人以上の採用に関わり、300人以上の管理職育成に携わる。毎年1000人の社員とリアルおよびリモートでの交流をおこない、10年で3500人以上の学生とマンツーマンで対話するなど、若手との接点も多い。若手の抜擢に力を入れているサイバーエージェントでは、20~30代でグループ会社の社長に就任した社員は46人、うち20代での社長就任は25人(2019年1月末時点、孫会社を除く子会社56社中)。20代の管理職は100人以上(2020年9月末時点)。「20代の成長環境」がある企業ランキングでは4位(2020年、エン・ジャパン調査)に選ばれる。最新作『若手育成の教科書』(ダイヤモンド社)が発売即大重版となった。

前田 なるほど。管理職としては、なかなか言える言葉ではないですよね。やはり、そういう企業文化があるからこそ、言える言葉なんじゃないですかね。

曽山 ありがとうございます。

前田 これは曽山さんから始まった企業文化なんですか?

曽山 いえいえ。私から役員に「期待をかける風土をつくりましょう」なんて言ったことはなくて。社長の藤田晋がいちばん最初に、「抜擢すること」の模範を見せていたんです。

前田 どんな模範だったのですか?

曽山 創業して5年が経とうかという2003年頃、藤田は初めて「新卒入社の社員が子会社の社長になる」ケースをつくったんですね。それまで、子会社の社長は中途入社の人ばかりだったのですが、一気に転換したんです。

 このときに藤田が言っていたのは、「年齢の若い、新卒3年目前後のメンバーを抜擢したから、いろいろハレーションは起きるかもしれない。だからこのメンバーが存分に力を発揮できるようにサポートしてほしい」ということでした。

前田 あらかじめ、ハレーションが起きることを見越してサポート体制を整えたわけですね。

人材育成の肝は「部下を放置する」こと。この考えの深い理由とは?前田鎌利(まえだ・かまり
1973年福井県生まれ。東京学芸大学で書道を専攻(現在は、書家として活動)。卒業後、携帯電話販売会社に就職。2000年にジェイフォンに転職して以降、ボーダフォン、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)と17年にわたり移動体通信事業に従事。その間、営業現場、管理部門、省庁と折衝する渉外部門、経営企画部門など、さまざまなセクションでマネージャーとして経験を積む。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、事業プレゼンで第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして数多くの事業提案を承認され、ソフトバンク子会社の社外取締役をはじめ、社内外の複数の事業のマネジメントを託される。それぞれのオフィスは別の場所にあるため、必然的にリモート・マネジメントを行わざるを得ない状況に立たされる。それまでの管理職としての経験を総動員して、リモート・マネジメントの技術を磨き上げ、さまざまな実績を残した。2013年12月にソフトバンクを退社。独立後、プレゼンテーションクリエイターとして活躍するとともに、『社内プレゼンの資料作成術』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『課長2.0』(ダイヤモンド社)などを刊行。年間200社を超える企業においてプレゼン・会議術・中間管理職向けの研修やコンサルティングを実施している。また、一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、サイバー大学客員講師なども務める。

曽山 はい。そのうえで、藤田が言ったことが興味深いんです。藤田に、「抜擢した社長や事業部長を育成する、いちばんの肝は何ですか?」と聞いたら、即座に「放置すること」と答えたんですよ。「それがいちばん信頼しているということだから」と。

前田 あれ? 藤田社長は「抜擢したメンバーをサポートしてほしい」と言ったんですよね? なのに、「放置する」と?

曽山 そうなんです。私は、藤田の言う「放置する」とは「手取り足取り教えない」「介入しない」ことだと解釈しています。介入することと、サポートすることは全然違うんです。

 相手の仕事に細かく介入するというのは、「たぶんうまくいかないから、自分が入らないとダメだろう」と考えている証拠です。そこには、「信頼」がない。「信頼」してないからこそ、「介入」するんです。

 一方、サポートというのは、本人を見守っていて、彼がやろうとしていることが実現しやすいように、そっと力添えをすることです。あくまでも主役は本人で、それに「力」を添えてあげるのがサポート。それを、藤田なりに「放置」と表現しているんです。

前田 なるほど。たしかに、誰かの介入によって仕事がうまくいったとしても、本物の自信には繋がらない。それよりも、「放置された」と本人が感じるからこそ、うまくいったときに「自信」になる。これは、人材育成にとって、きわめて本質的なことかもしれないですね。

曽山 ええ。あの藤田の言葉は、非常に強く記憶に残っています。あともうひとつ、抜擢した若手が失敗したときの藤田の振る舞いも、印象に残っています。

抜擢したけれど失敗してしまった若手について藤田は、人事本部長の私に「彼は今回、失敗しちゃったけど、ちゃんとねぎらってね」と言ったんです。「彼はチャレンジしたうえで失敗しているから。ちゃんとねぎらって、次にやりたいことを聞いてあげてね」と。失敗してショックを受けている彼も、陰で社長がここまで自分の感情面に配慮してくれていると知ったら、救われますよね。

前田 なるほど、さすがですね。「そりゃ若手もやる気が出るよな」と思います。