「抜擢」は「役職を与えること」ではない

前田 若手に任せる。期待をかける。これってそもそも、その若手を信頼できないと難しいですよね。曽山さんはどんなふうに若手への信頼感を高めるんですか?

曽山 それはまさに、前田さんのご著書『課長2.0』にもある、「自分は平凡だと考える」に尽きますよ。

「自分にはできないこと」を認めることによって初めて、相手の強みに注目することができます。自分に対して「自分はスーパーマンじゃない」「平凡な人間なんだ」と心底から認めるという、この「最初の一歩」がすごく大事だと思うんです。「自分の力だけでは足りない。でも目標はあそこにある。ギャップを埋めるには、彼に力を貸してもらわなきゃ」。こんな感じで、若手を頼っている気がします。

前田 なるほど、よくわかります。ぼく自身も、管理職に昇進してから、あれやこれやと仕事を振られすぎてアップアップになって「このボリュームはとてもひとりでは無理」となったときに、初めてメンバーの力に頼ろうと心の底から思うことができました。そうじゃないと、自分が潰れてしまう、と。

曽山 わかります、その感覚(笑)。

前田 でも、サイバーエージェントさんには、かつての私のように仕事でアップアップにならずとも、上司が若手を頼るという「企業文化」があるということなんでしょうね。それは、とても健全なことだと思います。

人材育成の肝は「部下を放置する」こと。この考えの深い理由とは?

曽山 そうですね。弊社は「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンを掲げています。しかし現状ではまだまだ、そのビジョンには到底及ばない。だからもう、若手を信じて、頼って、新しいチャレンジをし続けるしかないんですよね。

 たとえば今、世の中に新しいサービスがポンと出たときに、47歳の私と22歳の若手とでは、その「新しいサービス」についての知識にはさほど差はないわけですよね。ここで社長が、「47歳の人間」と「22歳の人間」のどちらに、新しいサービスを使った事業を任せるか。ここが大きな分かれ目のように思います。

 仮に市場にもまだない、新しい分野であれば若手を抜擢することになります。若手のほうが、新しいサービスに対する理解も早いし、何より抜擢されて気合いも入るでしょうからね。若手に任せたほうがむしろ、打率は高いと思うんです。

前田 そのとおりですね。ぼくもソフトバンクで管理職をやっていたときに痛感しましたが、若い人のほうが明らかに優秀なんですよ。新しいテクノロジーへの順応度も高いし、体力もあるから踏ん張りもきく。優秀な若手と張り合おうとするのではなく、「彼らのほうが優秀だ」と認めて、その力を発揮してもらうようにしたほうが、絶対にいいですよね。

曽山 そのとおりですね。

人材育成の肝は「部下を放置する」こと。この考えの深い理由とは?

前田 ところが、その考えを、大企業の人たちはなかなか持てないんですよね。年功序列で順番に出世し、上の役職の方が意思決定する「ピラミッド」的な企業がまだまだ多い。「47歳の人間に任せるか、22歳の人間に任せるか」なんて選択肢が生まれればまだいいほうで、「新しいものを任せられる人間は社内にいない。外注しよう」と意思決定する企業も決して少なくないんです。必然的に、若手が成長する機会は減っていきますよね。

曽山 おっしゃるとおりだと思います。経営陣が積極的に抜擢をしなければ、会社全体の活力も生まれませんし、成長もしませんよね。先ほど前田さんもおっしゃったように、「抜擢」するからこそ若手は成長するんです。

 ただ、以前、あるマネジャーに「そうは言っても、抜擢って難しくないですか?」と言われたことがあります。たしかに、「抜擢」を「役職を与えること」と考えると、そうかもしれない。でも、私は、それは「抜擢」の意味を誤解していると思います。

「抜擢」と「役職」とは必ずしもセットではない。例えば、役職はつかなくても、「彼は、あのプロジェクトに抜擢された」という言い方がされますよね? 何かひとつ、仕事を任せて期待をかけるだけで、「抜擢」になるんです。たとえば「新聞の情報収集担当」や「競合情報の分析担当」といった小さな仕事でもいい。何かひとつ、部署のためになる仕事を任せ、「責任者」となってもらえれば、それはもう「抜擢」なんですよ。

前田 なるほど。仕事を任せ、責任を渡し、期待をかける。これだけでもう十分な「抜擢」なんですよね。そして、「抜擢」することで若手が成長して、企業が元気になっていくことは、サイバーエージェントが実証されていると思います。

曽山 ありがとうございます。(第3回に続く)

人材育成の肝は「部下を放置する」こと。この考えの深い理由とは?曽山哲人さん(右)と前田鎌利さん。サイバーエージェント社内に展示されている前田鎌利さんの作品の前で撮影。