本物の「すし」屋にもある
数多くの隠語の由来とは

 ところで、飲食店でも従業員同士のさまざまな合言葉や隠語がある。隠語が使われるのは、お客様にはわからないようにして、他の従業員に知らせるためである。

 特に、お寿司屋さんでは隠語が頻繁に使われる。カウンター席では職人とお客様の距離が近いからだ。店員同士が、威勢よく短い言葉でやりとりしている。

 例えば、「兄貴」は先に仕入れた食材のことだ。飲食店では、先入れ先出しで、仕入れた順番に材料を使うのが基本だ。

 反対に、「弟」を新しい食材の意味で使う店もある。

「山です」は品切れを意味する。「なくなった」と言わないのは、客の前で、「亡くなりました」などと縁起の悪い意味で取り違えられてはいけないからだ。

 寿司ネタが海の物なので、反対の山には海鮮物は「ない」のが由来だ。山の頂上に着くとその先は「ない」ことが由来との説もある。

 ちなみに、寿司ネタの「ネタ」にも語源がある。寿司種の「タネ」を逆さまにしたものだ。

 こういった隠語は、寿司以外の飲食業界でも広く使われている。

 例えば、「紫」はおしょうゆのことを指す。しょうゆの色からきている。

 皆さんよくご存じの「ガリ」は、生姜の甘酢漬けよりも簡単な言い回しだ。ガリガリとかむ音が由来だ。これはわかりやすいだろう。

「あがり」とは、お茶のことだ。花柳界では、芸妓さんがお客様のいない暇なときに、お茶葉を茶臼(ちゃうす)で挽(ひ)いて抹茶にする仕事があった。そこから、「茶を挽く」は暇な状態で、お客がいない意味になったという。そのため、「お茶」とは言わずに「上がり花」と呼んでいたようだ。

「あがり」には、すごろくのゴールを「あがり」というように、「終わり」という意味もある。自分の仕事が終わるときに言う「あがります」は、これと同語源だ。そこから、食後に飲むお茶が由来となり、お茶のこと全般を指すようになった。

 食べ終えて帰るときに使う「おあいそ」は「お愛想」と書く。本来は「お愛想がなくて申し訳ありませんが、お勘定をお願いします」の意味だ。店側がお客様に対してへりくだる意味があるので、客側が使うべき言葉ではない。

寿司職人が客として寿司屋に行くときは
隠語は使わない?

 寿司職人が勉強のためにお客として他店のお寿司屋さんに行くときは、一般客なので隠語は使わないと聞いたことがある。それでも、無意識に包丁の使い方や寿司の握り方を見ているので、同業者だということがわかってしまうそうだ。

 ちなみに、高級店ではお茶が半分くらいになると、絶えず新しい湯飲みに入った熱いお茶に替えてくれる。熱いのは、口の中に残る魚の脂を落とすためだそうだ。

 さて、どうしてお茶の量が見えないのに、少ないのがわかるのか。それは、飲むときに湯飲みの角度を見ているからだ。90度に傾けて飲んでいれば、お茶の量が半分以下ということになる。寿司職人は、目の前にいる客の一挙一動を、詳細に見ているのだ。