メール、企画書、プレゼン資料、そしてオウンドメディアにSNS運用まで。この10年ほどの間、ビジネスパーソンにとっての「書く」機会は格段に増えています。書くことが苦手な人にとっては受難の時代ですが、その救世主となるような“教科書”が今年発売され、大きな話題を集めました。シリーズ世界累計900万部の超ベストセラー『嫌われる勇気』の共著者であり、日本トッププロのライターである古賀史健氏が3年の年月をかけて書き上げた、『取材・執筆・推敲──書く人の教科書』(ダイヤモンド社)です。
本稿では、その全10章99項目の中から、「うまく文章が書けない」「なかなか伝わらない」「書いても読まれない」人が第一に学ぶべきポイントを、抜粋・再構成して紹介していきます。今回は、情報を「ジャッジ」することの大切さについて。
「読む」とは能動である
人に読ませる文章を書きたければ、小手先の表現テクニックを学ぶよりも先に、まずは「読者としての自分」を鍛えていこう。本だけでなく、映画を、人を、世界を、「読む」人であろう。あなたの文章がつまらないとしたら、それは「書き手としてのあなた」が悪いのではなく、「読者としてのあなた」が甘いのだ、という話を前回しました。
では、「読者としての自分を鍛える」には、どうすればいいのでしょうか? そもそも本を読むだけならともかく、世界を読むとはどういうことでしょうか?
たとえばいま、あなたはこの記事を読んでいます。
それがパソコンなのか、スーマートフォンなのか、デバイスはわかりません。ともかく記事として書かれた、文字の連なりを読んでいます。
ここでいったん、文字から目を離し、画面全体を眺めてみてください。画面には、数百の文字が並んでいるでしょう。遠目に見ても、それが文字列であることは理解できます。意識せずとも、いくつかの単語を拾うこともまた、できるはずです。
しかし、その連なりがあらわす「意味」を拾おうとした途端、全体を見ることはかなわなくなります。任意の一点にピントを合わせ、そこから視線を移動し、ひとつずつの文字を追っていかないと、読めない。画面全体をぼんやり眺めているだけでは、なにが書いてあるか理解できない。自分の目で、自分の意志で読みに行ってようやく、文章を文章として読むことができる。
このように、あなたがなにかを読んでいるとき、そこにはかならずあなた自身による働きかけ(能動)があります。あなたは身を乗り出してそれを「読み」に行っている。なにかを読もうとするとき人は、決して受け身ではありえません。能動こそが、読むことの前提なのです。
そば屋でもできる「世界を読む」トレーニング
1973年福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年にライターとして独立。著書に『取材・執筆・推敲』のほか、31言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、以上ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社)など。構成・ライティングに『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など。編著書の累計部数は1300万部を超える。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして、「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。翌2015年、「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー、株式会社バトンズを設立。2021年7月よりライターのための学校「バトンズ・ライティング・カレッジ」を開校。(写真:兼下昌典)
だったら、こう言い換えることもできるでしょう。ぼんやり街を歩いていても、ぼんやりテレビ画面を眺めていても、なにひとつ「読む」ことはできない。それは街並みやテレビ画面を「見て」いるだけで、能動的に「読んで」いないのですから。
あるいは、おそば屋さんに入ったときのことを考えてみましょう。
仮に天ぷらそばを注文したとします。できあがるまでに10分間かかるとします。このとき、多くの人はスマートフォンをいじったりして時間をつぶしますよね。新着メールを確認し、最新ニュースをチェックして、ソーシャルメディアを読み込んでいく。もしかしたらそれを「隙間時間を利用した情報収集」くらいに考えている人も、多いかもしれません。
でも、スマートフォンをいじることなんて、お風呂のなかでもトイレのなかでもできることです。読者としての自分を鍛えたければ、そば屋の待ち時間にしかできない「読み」を考えなければなりません。
たとえば、テーブルの上に置かれた七味唐辛子。ここで「そういえば七味唐辛子の『七味』って、なんのことだろう?」と考える。瓶の成分表示を見ると、唐辛子、山椒、陳皮、麻の実、けしの実、黒ごま、青のり、と書いてある。スマートフォンを取り出し、たとえば「陳皮」について調べてみる。それが乾燥させた蜜柑の皮であることを知る。──ちいさな例ではありますが、こうして「世界」を読んでほしいのです。
また、もしも七味唐辛子について原稿を書くことになった場合は、陳皮や麻の実、けしの実など、味や香りの想像がつかないものについて、実際に食べてみる必要があります。そして「なぜ、うどんやそばの薬味として、この『七味』を組み合わせたのか」について、自分なりに考え、結論を出していく。自分なりのジャッジを下していく必要があるのです。
情報をキャッチするな、ジャッジせよ!
おぼえておいてください。ライターや書く人に必要なのは、情報を「キャッチ」する力ではありません。そんなものは検索エンジンにでも任せておけばいいのです。能動的に読むとは、情報を「ジャッジ」すること。自分なりの仮説を立てていくことです。
まずは対象を、じっくりと「観察」すること。そして観察によって得られた情報から「推論」を重ねていくこと。直感で判断せず、かならず理を伴った推論を展開していくこと。さらに推論の結果として、自分なりの「仮説」を立てること。こうに違いない、と思えるところまで考えを進めること。
対象はスリッパでもケチャップでもゾンビ映画でも投げ込みチラシでも、なんでもかまいませ。受動的にキャッチするだけの人から、能動的にジャッジしに行く人になりましょう。
ライターとは、みずからの立てた仮説を取材のなかで「検証」し、「考察」する仕事でもあります。いい読み手であり、取材者であるためには、普段から「観察─推論─仮説」の習慣を身につけておかねばならないのです。
(続く)