世界的大ベストセラー『嫌われる勇気』の共著者・古賀史健氏と、担当編集者の柿内芳文氏。この2人が再びタッグを組んだ『取材・執筆・推敲』が、4月6日に発売となる。全10章、21万文字、約500ページをかけた「書く人の教科書」であり「文章本の決定版」は、どうやって生まれたのか。2人の対談を2回にわたってお送りする。
(本記事はClubhouseでの公開対談を元に作成しました。[聞き手・構成/室谷明津子])
「見て盗む」ことへの無念さ
――『取材・執筆・推敲:書く人の教科書』が、あまりに面白く、衝撃的で。立て続けに3回読んでしまいました。
古賀史健(以下、古賀) なんと。
――私たちライターが文章を学ぶ本かと思いきや、それだけじゃない。もっと大きな視点で、書くこと、伝えることの根本的な意味を解き明かしていて、発見の連続でした。興奮しながら読んだ後、生き方まで変える一冊だと感じました。一体どうやって、こんなにすごい本がつくられたんでしょう。
古賀 ありがとうございます。僕はずっと前から、ライター向けに文章論の本をつくりたいと思っていました。そこには、僕が感じてきたコンプレックスが関係しています。
ライターに限らず、クリエイターの世界って、徒弟制度に近い。若い人に対して「ここから先は教えられない」「見て盗め」という、鰻屋さんの秘伝のタレみたいなところがあるじゃないですか。
ライター
1973年福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年にライターとして独立。著書に、31言語で翻訳され世界的ベストセラーとなった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著)のほか、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』など。構成・ライティングに『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著)、『ミライの授業』(瀧本哲史著)、『ゼロ』(堀江貴文著)など。編著書の累計部数は1100万部を超える。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして、「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。翌2015年、「書くこと」に特化したライターズ・カンパニー、株式会社バトンズを設立。次代のライターを育成し、たしかな技術のバトンを引き継ぐことに心血を注いでいる。
柿内芳文(以下、柿内) 編集もそうですね。仕事の範囲や技術が漠としていて、伝えるのが難しい。後輩を教えていても、つい「俺はこうやってきた」って自分の話になってしまう。
古賀 そうなってしまう理由ってたぶん、自分自身が技術を言語化できてないからなんですよ。商売上、秘密にしておくほうがいいという人もいるだろうし。結果として、多くのクリエイターが独学で仕事を身につけます。僕も、まさにその一人。不恰好な我流で仕事をしてきて、そのことがずっと無念でした。
最近はオウンドメディアが増えて、編集者不在で仕事をするライターも多いですよね。その場合、書いたものへのフィードバックがほとんどないから、ますます我流になるか、極度なテンプレート化に流れる。それは、けっしていいことではないと思うんです。
さっきの「秘伝のタレ」でいうと、おいしい鰻の蒲焼を後世に残したければ、誰かがレシピを公開しなきゃいけない。僕は、「教科書をつくる」ことで、それをやりたいと思いました。
柿内 本書のなかでは、タイトルにある「取材」「執筆」「推敲」を三部構成で論じています。それがまた、各パートを3冊に分けて1800円をつけて売っても十分成り立つくらい、内容が濃い。
古賀 いわゆる文章術の本は、すでにたくさんあるからね。そうではなく、ライターに必要なプロセスすべてを網羅する、今までにない本を作りたかった。
そこを突き詰めていくと、「ライターとは何か」「小説家やエッセイストとはどう違うのか」「コンテンツとは何か」など、土台から語る必要が出てくる。そんなことをしていたら、執筆に3年間かかり、かなり分厚い本になってしまって。
柿内 全部で21万字、普通の本の3冊分です。いや~、厚くて熱い、とんでもない本ですね。
初期衝動が、いちばん強い
――古賀さんは最初、編集者をつけずに原稿を書こうと思っていたとか。
古賀 僕が勝手に思い立った仕事なので、出版のことは後回しでいいや、と思いました。まず書くこと、書き切ることが大事だし、出版社さんの事情に振りまわされたくなかった。そしたら柿内さんが、「思いついたことを話す壁打ちの相手も必要だろうから、僕を利用してください」と言ってくれて。
柿内 ええと、古賀さん。「柿内さん」って言われるのむずがゆいので、いつも通り、カッキーでいきましょう(笑)。
古賀さんは、ライターとして破格の実績があって、仕事にもまったく困らない。ふつうに考えたら、わざわざほかのライターのために教科書をつくる必要なんて、ないわけですよ。でも、「次世代のライターを育てる」という強い気持ちが、古賀さんを突き動かしている。僕は常々、書き手の初期衝動に関わりたいと思っているので、すぐにサポートを申し出ました。『くまのプーさん』とか、大好きですから。
古賀 ???
柿内 あの話は、作者のA・A・ミルンが、自分の子どものためにつくったんです。主人公のクリストファー・ロビンって、キャラの名前ではなくまさに子どもの実名そのまま。で、プーは彼が持っていたテディベアです。目の前にいる3歳の息子を喜ばせようと思ってつくったプライベートな物語が、のちに出版され、世界的ベストセラーになったんですよ。
古賀 ああ、なるほど。
柿内「この人のためだけに」という想いでつくったコンテンツが、結局はいちばん強い。つくり手の純粋な初期衝動こそが、世の中に大きく広がる可能性を秘めているんです。
古賀『嫌われる勇気』も、思えばそうだったね。
柿内 そうですそうです。古賀さんが、岸見一郎さんの語るアドラー心理学に人生を揺るがすほどの衝撃を受け、その思想をどうしても広めたいと願った衝動が、すべての始まりでした。今回も同じで、僕が古賀さんの初期衝動を「受注した」形で、担当編集になったんです。
古賀 この3年間、カッキーが2週間に一度必ず事務所に来て、書けた原稿について意見交換するやりとりを続けてきました。そこで原稿の感想を言うカッキーのテンションや顔つきが、毎回全然違うんですよ。それを見ると、出来・不出来がすぐわかっちゃう(笑)。
柿内 やっぱり、顔に出ちゃってますよね。計算して動くの、苦手なんで。
古賀 だから僕はいつも、「次はびっくりさせてやろう」「ギャフンと言わせてやろう」って、2週間後のカッキーに向けて原稿をブラッシュアップしていました。よく、編集者は伴走者だと言うけど、むしろ競争している感じだったね。「絶対、こいつに負けるもんか!」と思いながら原稿に向かうのは、いま振り返るとすごく面白かった。
柿内 いやもう、僕のほうこそ古賀さんから直接学んでいるような感覚で、まさに役得でした。
世界を見る目のピントが合う
柿内 制作のプロセスを共有するなかで、あらためて古賀さんの「考え抜く力」を思い知りました。原稿を書くために、「ライターとは何か」「取材とは何か」「わかりにくい文章とは何か」って、もうめちゃくちゃ考え抜くわけですよ。「考え抜く」ってたった4文字だけど、実際にやろうとすると大変な作業です。わかりやすい例が、資料の量。この本1冊書くのに、参考資料を何冊読みました?
古賀 え、何冊だろう。
編集者
1978年東京都町田生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、2002年に新卒で配属された光文社新書で『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』『若者はなぜ3年で辞めるのか?』等を編集したのち、星海社で「武器としての教養」をコンセプトに星海社新書レーベルを立ち上げ『武器としての決断思考』『投資家が「お金」よりも大切にしていること』等を編集。その後、『嫌われる勇気』『ゼロ』を作ってコルクに合流、作家のエージェント兼編集者として『インベスターZ』や『漫画 君たちはどう生きるか』を編集し、独立。株式会社STOKE代表。直近の編集担当は『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(樋口耕太郎著)、『僕は君の「熱」に投資しよう』(佐俣アンリ著)、『2020年6月30日にまたここで会おう』(瀧本哲史著)等。主に次代に向けて出版活動を行なっている。
柿内 古賀さんの事務所に行くたびに、新しいAmazonの箱が積んであるじゃないですか。
古賀 100冊以上は当然、読んでいるだろうけど。
柿内 参考資料は、本のなかで引用するためじゃないんです。自分が書こうとしている対象について、より理解するためなんですね。
古賀 それは、この本に限ったことじゃないよね。たとえば、取材で経営者が「売上より利益を重視する」とさらっと言ったとする。それは、どれくらいオリジナリティの強い言葉なのか、経営学の世界ではどう言われているのかまで調べないと、本当に重要な言葉かどうかが判断できません。
1冊も資料を読まずに書いた原稿には、せいぜい「聴いたこと」しか書けない。でも、たとえば20冊や30冊の資料を読み、その人が語ったエピソードの歴史的、文化的、経済的な背景を知ると、「聴いたこと」が自由に動き出します。
だから、その人が発した言葉の周辺にある情報を、僕は毎回かなり調べますね。
柿内 本のなかでも資料を読む必要性についてはたっぷりと説明していますが、たったひと言を理解するためだけにこれほど資料を読み込み、考えるひとを、僕は他に知りません。そうやってあらゆる方面から考え抜くからこそ、見えてくる「原理原則」がある。
たとえば「取材」と聞くと、僕らはインタビューを連想しますよね。でもこの本には、映画を観る、街を散歩する、友人や家族と会話するなど、「何かを知ろうとする行為はすべて取材である」と、いちばん根本的なことが書いてある。他にも、たとえば文章を書くとはどういうことかについて、「文章術と呼ばれるものはすべて、『翻訳のしかた』のことであり、すなわち『翻訳術』なのだ」と断言している。
こういった明確な定義づけによって、いままで漠然と理解していたことが、急にはっきりとした輪郭をもって見え始めるんですよ。世界を見る目のピントが合って、物事がクリアな姿を現す。そういう定義やキラーフレーズが山のように散りばめられているところが、この本の唯一無二の魅力です。
古賀 まさにそれが、僕がやりたかったことでもあります。
アナログ時計の長針と短針でぼんやり「9時50分くらい」と認識していた時間を、デジタル時計に置き換えて、何時何分何秒までかっちり明示する。そんなイメージで、自分の経験則を徹底的に言語化し、誰もが基準として理解できる原理原則にまで落とし込みました。いままでのライター向けの本とは、その点がまったく違うと自負しています。
柿内「教科書」という名のとおり、読んだ人にとって、ここからすべてが始まる1冊になるはずです。
古賀 もしこれを読んだ人が、5年後10年後、僕をはるかに上回るライターになってくれたら。そして、すばらしい人たちのすばらしい考えが、ライターの地力が上がることでより世に伝わるような世界になったら……。自分が100万部のベストセラーをつくるより、嬉しいだろうな。
柿内 まさにまさに。僕もそういった世界を実現したくて、全力でお手伝いをしたんですよ。教科書があることで、我流の海でさまよう人が減り、みながプロを一直線で目指していけるようになる。そしてそのことで、すばらしいコンテンツ、人々をエンターテインするような本が、もっともっと生まれるようになる。こんなハッピーなこと、ありませんね。
(後編につづく)