ポストコロナの時代における組織・チームのあり方とは? 優れたリーダーシップとは? この共通のテーマに異なるアプローチで焦点を当てたのが、『チームが自然に生まれ変わる』と『心理的安全性のつくりかた』という2冊の本だ。それぞれの著者である李英俊さんと石井遼介さんに、これからの時代の組織・リーダーのあり方について語ってもらった。(構成/野口孝行 初出:2022年1月21日)

「心理的安全性のある組織」と「ヌルい職場」はどう違う?【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

イノベーションを起こしたい企業
に欠かせないもの

李英俊(以下、李) 今日はよろしくお願いします。ぼくらの付き合いはじつはけっこう古くて、石井さんがまだ学生だったときに、ぼくが取締役をしていたベンチャーのインターンシップを受けにきたのが最初の出会いですよね。

石井遼介(以下、石井) そうですね。李さんには当時、戦略やマーケティング、組織論などの基本を徹底的に教えていただきました。言ってみれば、「ビジネスの師匠」とも言うべき存在です。まさかこんなふうに対談させていただく日がやってくるとは……感慨深いです。

 石井さんの『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)は、「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」や「HRアワード2021」で入賞して、10万部を超える売れ行きだと聞きました。これはぼくもすごくうれしい! 石井さんはいまや「心理的安全性」の第一人者ですね。心理的安全性や石井さんの取り組みについて簡単におさらいしてもらえますか?

石井 心理的安全性というのは、組織やチームが成果を求めていく中で、「率直な意見・素朴な質問・違和感の指摘を、誰もが気兼ねなく口にできる状態」のことです。

 私はこれを日々研究しつつ、役員研修や管理職研修、全社講演会という形で大手企業のトップや現場の管理職の方たちに、心理的安全性の高め方を学んでもらっています。

 たとえば、企業が「イノベーションを起こしたい」と考えたとき、その組織の中に心理的安全性が確立されているかどうかは非常に重要なファクターで、これがないと会議を開いてもアイデアも出ず、イノベーションってなかなか起きないんですよね。

 トップが「イノベーションを起こそう!」なんて号令をかけたわりに、新規事業開発部門に集められたメンバーがまったく挑戦的な人ではないケースってありますよね。蓋を開けてみると、既存の事業部であぶれた人たちばかりって感じで、率直な意見を交わすような雰囲気がまったくなかったりする。本気でイノベーションを起こしたいなら、既存の各事業部のエース級人材を集めるべきなのに、それをすると既存部門の売り上げが下がるとついつい考えてしまう。そんな配置転換で、新規事業が成功するはずがない……。

石井 リーダーになった人も、ローテーションで回されただけだから、「2年間だけ我慢して、大きなミスを犯さずに次に行ければいいか」とか考えていたり……。こうなると、部下が新しいことをしようとしても、「余計なことをしてくれるな」という雰囲気が生まれてしまいます。こういう悪循環に陥らないために必要なのが「心理的安全性」なんです。

まずはリーダーが変わらないと、
結局何も変わらない

石井 心理的安全性を高めるうえでは、次の4つの因子それぞれを高めていくことが重要です。

1. 話しやすさ
2. 助け合い
3. 挑戦
4. 新奇歓迎

 組織内に「話しやすさ」があれば、報告や連絡、意見の表明、情報共有、質問などが飛び交いますよね。「2. 助け合い」が当たり前になっていれば、問題に直面したときに相談しやすいし、支援や協力も求められます。「3. 挑戦」が共有されている職場では、まずは試してみることがチームとして歓迎されます。それと、組織の各メンバーが「4. 新奇歓迎」を持つことで多様性を活かし合える組織になる。そうすれば目立つことはリスクではなくなります。こうした環境が整えられれば、心理的安全性は一気に高まっていくんです。

 常識にとらわれず、目立つことをリスクとは思わない……。これは、『チームが自然に生まれ変わる』のテーマの1つである「真のWant toに生きる」とも重なりますね。

 組織が成長するには、挑戦って不可欠なんです。でも、「挑戦しろ!」っていう掛け声だけで、いざ挑戦しようとすると、上司から「前例はあるのか?」「リスクはないのか?」とか言われたりするでしょう。前例があるものって、そもそも挑戦じゃないんだけど(笑)。

石井 組織を本気で変えようと思ったら、上に立つ人間がまず初めに自分自身を内省して、「我がふりを直す」こと、自分自身を変えることが大切ですよね。いつも高圧的な上司が「最近、心理的安全性っていう考え方が流行っているから、皆、勉強しておくように!」なんて伝えても、部下たちに「(まずはあなたが勉強してくださいよ……)」と思われて終わりですから。リーダーの立場にある人から行動を変えていかないと、組織内の心理的安全性は高まっていきません。

 ただし、誤解してほしくないのは、「心理的安全性が高い=ヌルい職場」ということではないという点です。

 心理的安全性を盾に、「たるんでいる自分」を正当化してはいけないってことですよね。

石井 そのとおりです。みんなの雰囲気がよくても、納期を守ろうとしない職場や、目標をおざなりにしてしまう職場も存在します。『チームが自然に生まれ変わる』で言うところの「熱量の低い組織」の状態ですね。

 これでは個人はいつまで経っても成長できませんし、働いている人たちの仕事の充実感も低いままです。こうなると、成長志向があるメンバーにとっては苦痛な職場になっていきます。心理的安全性を確保すると同時に、高いパフォーマンスを発揮しないとダメですね。

「心理的安全性のある組織」と「ヌルい職場」はどう違う?【書籍オンライン編集部セレクション】左から李英俊さん、石井遼介さん。お互いの著書を持ちながら。

リーダーが備えるべき「心理的柔軟性」

 『心理的安全性のつくりかた』でとてもいいなと思ったのは、リーダーの「心理的柔軟性」について触れているところです。これってつまり、「組織を変えられるかどうかは、トップやリーダーが自己変革をできるかどうかにかかっている」というメッセージですよね。だからぼくは、この本をリーダーシップの本だと捉えています。

 心理的柔軟性を備えたリーダーと、心理的安全性を感じているメンバーがセットになれば、チャレンジがしやすいし、ヌルい職場にはなりづらい。各メンバーがすぐに妥協せずに目標達成に向けて動いていけば、これを繰り返しているうちに自然と「熱量の高い組織」に変わっていきます。それを説いているという意味で、『チームが自然に生まれ変わる』と相通じる本だと思いますね。

石井 そうなんです。ここでいう心理的柔軟性というのは、次の3つを併せ持つ「心のしなやかさ」のことです。

1. 変えられないものを受け入れる
2. 大切なものへ向かっていく
3. それらをマインドフルに見分ける(気づいている)

 これらのリーダーシップとしての心理的柔軟性が備わっていれば、チームの心理的安全性を向上させられますし、特にリーダーが率先して心理的柔軟性を高めることができると、組織の心理的安全性は高まり、チームの学習を促進することがわかっているんです。

 両方がセットになると、組織やチームの状態はかなりよくなっていくでしょうね。

 現実問題、成長志向の高いメンバーが、週末に社外のセミナーに出席して、「よし、やってやるぞ!」と意識を高めて月曜日に会社に行くと、上司や同僚から「おまえ、どうした? キモイぞ!」って言われて、“地獄”に突き落とされることってよくあるでしょう。心理的安全性がない組織やチームは、そもそも個人が輝くための受け皿が用意されていない。

石井 おっしゃるとおりですね。「どこで何を学んできたのか知らないけど、やることだけはちゃんとやってくれよ」なんて上司から言われて、「チーン……」となって終わってしまう。結局、社外に愚痴を言い合う仲間ができるだけで、せっかくの社外での学びが組織には活かされない。こんな組織はこれからの時代、まず生き残っていけません。

 だから、企業のトップや管理職を対象にした研修でも、いま話したようなケースを紹介しながら、「チームを変えることができるのは、ほかでもない皆さん自身だけなんですよ」という話を繰り返しお伝えしています。やっぱり、祈っていても勝手に組織は変わっていかない。そんな身も蓋もない真実をストレートに伝えることって大事だと思うんです。

 まずは組織やチームのリーダー自身の自己変革が必要不可欠。これは何度でも強調したいところですね。

第2回に続く

◎プロフィール
石井遼介(Ishii Ryosuke)

株式会社ZENTech取締役。慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員。
東京大学工学部卒。シンガポール国立大学 経営学修士(MBA)。
神戸市出身。研究者、データサイエンティスト、プロジェクトマネジャー。

組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。

心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。
2020年9月に上梓した著書『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)は10万部を超え、読者が選ぶビジネス書グランプリ「マネジメント部門賞」、HRアワード2021 書籍部門 「優秀賞」を受賞。
 

李 英俊(Lee Youngjun)
マインドセット株式会社代表取締役/コンサルタント/エグゼクティブコーチ
2003年、新卒で外資コンサルティングファームに参画し、官公庁・民間企業向け事業再生・組織変革に従事。その後、インキュベーター企業で新規事業開発のプロフェッショナルとして活躍したほか、戦略人事機能を担当する執行役として同社IPOに貢献する。
2008年より、歴史的文化財の利活用にフォーカスした国内屈指の事業再生企業で、コンサルタント・戦略人事・マーケティング管掌の取締役に。大規模再生案件プロジェクトを推進する傍ら、急成長企業である同社を「働きがいのある会社」ランキング(GPTW)に5年連続で入賞させる。
2016年、マインドセット株式会社を創業。代表取締役を務める。次世代経営リーダーの育成、自己変革に取り組む発達志向型組織へのサポートをするため、組織開発コンサルティングを行うほか、プロフェッショナルコーチ養成機関を主宰。イノベーションと戦略人事機能が交差する領域で、急成長ベンチャーから大企業に至るまで組織の規模を問わず、コーポレートゴールの達成とエフィカシーの高いカルチャー創りを支援している。
トレーナーとして、過去19年間で2400回以上、4万時間以上の指導実績を誇る。また、プロアスリート・運動指導者・起業家・イノベーターに向けた身体開発・操作能力向上の指導も手がける。2021年9月には、最新のウェルネスとAIテクノロジーを掛け合わせた次世代ウェルビーイング複合施設「Yawara」を東京・原宿にオープン。著書に『チームが自然に生まれ変わる』(ダイヤモンド社)がある。