『チームが自然に生まれ変わる』と『心理的安全性のつくりかた』それぞれの著者である李英俊さんと石井遼介さんによる対談シリーズの第2回。今回は『チームが自然に生まれ変わる』で繰り返し語られている「現状の外」「エフィカシー」「Want to」など、人・組織の行動を変えるうえで不可欠なキーワードについて掘り下げていく(構成/野口孝行)。
「現状の外」にゴールを設定すれば、
自己変革が起きる
石井遼介(以下、石井) 『チームが自然に生まれ変わる』の中で、最も重要な軸になっているのはやっぱり「現状の外」という概念ですよね。私はこれを李さんから10年間教わってきたので、本を読みながら「復習」をしているような気持ちになりました。
人やチームの行動変容を起こすためには、「これまでとはまったく違う現実」にリアリティを持てるような「認知の転換」がどうしても必要になる。
李英俊(以下、李) さすが、しっかり大事なポイントを押さえてくれていますね! 目指すべきゴールや目標を「現状の外」に設定し、そこに圧倒的な臨場感を抱けるようになれば、自ずと行動も変わるという考え方です。
「現状の外」という概念は、VR(仮想現実)を思い浮かべるとわかりやすいかもしれません。VR空間は実在するわけではないのに、ゴーグルを装着して映像を見るだけで、その空間に没入できる。これって、本来なら現状の外にあるものを、ぼくらの脳が「現実」として認識していることになる。
心の中で起きているこの情報処理のモデルを「内部モデル」と呼んでいて、平たく言うと「ものの見方」のことなんだけど、この内部モデルが変わると、人の行動はガラリと変わっていくんです。
石井 かつては人の行動を変えるために、「昇進」とか「報酬」「叱責」「激励」という外部刺激を与えて、「がんばり」を引き出そうとしていたわけですけど、現代のマネジメントでは実際のところ、そういう外部刺激はあまり役に立たなくなりましたよね。昇進や報酬を望んでいない人もいるし、仮に激励されても一時的な効果しか生みません。ましてや叱責ともなれば、心理的安全性を下げるだけですから。
脳は「現状」と「ゴール世界」の
ギャップを必死で埋めようとする
李 そう。こうした要素はもはや人の行動にはつながらないから、現状の外にゴールを設定して内部モデルを変え、行動変容を促していくしかないという話になるんです。
ただし、ものの見方(内部モデル)を変えるのは、そう簡単ではない。人はなかなか「現状の外」に目を向けられないわけですよね。たとえば、「仕事を手際よく終わらせて、ビールを飲みに行こう!」というレベルのゴールを設定してしまう人が多いんですよ。おいしいビールを飲んでいる自分を想像すると、一時的に「やる気」が出てきて効率が上がったりするんだけど、これでは既存の内部モデルから脱し切れていない。
石井 これって組織の文脈で言うと、「昨対5%増」といった目標と同じですよね。みんなでゴールを共有して、やる気を高めようとするんだけど、こういう目標では「よーし! 5%アップか。がんばるぞ!」ってならないですよね。そこからは変革は生まれないという……。
李 まさしくそうですね。「昨対5%」は徹底的に管理すれば達成できる数字ですから。それはそれで価値があるのかもしれないけど、すでにやり方が見えていたり、ギリギリがんばれば達成できるようなことをゴールにすると、いつまで経っても「現状の外」に行けず、何も変わらない。
だから、内部モデルを変えるには、現状の延長線上にはないゴール設定が必要なんですよ。「普通の努力ではとうてい達成できないこと」だったり、「いったいどうすれば達成できるのか、見当もつかないようなこと」をゴールにしないとダメ。
要は、「心の底から住みたいと思えるにもかかわらず、どうすればそこに到達できるのかわからないような現状の外側にある世界」を浮かび上がらせて、そこに圧倒的な臨場感を抱けるようにする。
この状態をつくると、「現状」と「ゴール世界」との間に広がるギャップを埋めようとして、脳が必死になって働き始めるんです。これが人の行動変容につながっていきます。
石井 ただし、忘れてはいけないのが、「現状の外」にゴールを設定する際には、自らの「Want to(やりたいこと)」に沿ったものにするという点ですよね。
李 ここも絶対に外せないですね。ゴールが「心の底から欲しているもの」でないかぎり、人はそこには没入できません。なので、「今期の売上を達成する」とか「同期よりも先に出世する」といった目標は相応しくない。そうではなく、自分の人生全般に関わるような「オールライフ型のゴール」にしなくてはいけないってことです。
「やれる気がする」という感覚を得る方法
石井 『チームが自然に生まれ変わる』の中で、もう1つのキーとなっているのが「エフィカシー」というキーワードだと思います。もともとエフィカシー(efficacy)というのは、効力とか効能を意味する英単語ですね。
李 そうですね。ただ、この本では、とくに「セルフ・エフィカシー」、つまり、「目標達成能力に対する自己評価」に焦点を当てました。日本語では「自己効力感」と訳すとわかりやすいかなと思っています。「自分はそれを達成できる!」という信念の度合い」、もうちょっと別の言い方をすると「やれる気がする/やれる気しかしない」という感覚のことです。
ゴールに到達するための行動を起こす際には、セルフ・エフィカシー(エフィカシー)が大きな役割を果たします。
ゴールに対するエフィカシーが低いと、「達成できる」という確信が十分ではなく、どうしても「やれないかもしれない……」「やりたくない……」という気持ちが勝ってしまいます。一方、エフィカシーが高ければ、人はスムーズに行動に移せるんですよね。こうなると「報酬」だとか「損失・罰」だとかといった外因的な刺激は一切必要なくなる。
では、どうしたらエフィカシーを高められるのかというと、さきほどお話した「ゴール設定」がカギになってくる、というロジックですね。
チーム全体のエフィカシーが高まれば、
能力の発揮が促される
石井 「『現状の外』にある『これは絶対にやりたい(Want to)』『やれる気しかない』というゴールを設定しよう」というメッセージは、今の時代のリーダーたちから、率先して発信して頂きたいですよね。
李 そのためにはまず、組織のリーダー自身が「現状の外」にゴールを設定し、エフィカシーを高めていくことが大切ですね。そのうえで、メンバーたちにも「真のWant to」を見つけてもらい、エフィカシーを高めてもらうという順序になるんだと思います。
「真のWant to」のベースにあるものは、「心の底から欲しているもの」なんだけど、これをすぐに見つけられない人もいる。その場合は、これまでの自分を振り返ってみて、「得意なこと」「夢中になれること」「無意識に繰り返していること」を探してみるといいと思います。これらの中に「真のWant to」が潜んでいることって多いですから。
こうしたプロセスを組織全体に広めるために、リーダーがメンバーのWant to探しを手伝うこともできます。例えば、「1on1」形式の面談を設定し、メンバーのWantを引き出していくという方法もある。
石井 その際の注意点としては、相手が部下の場合「上司が求めていること」を答えようとする心理が働いたりしますよね。本当はやりたくないけど上司の顔色を見ながら「これ、やってみたいです」と。だからこそこのプロセスでは、組織やチームの中で、何よりその上司と部下の間で率直に意見を言い合える心理的安全性が確保されていることが重要ですね。
「最高の1on1の方法」があって、それを粛々とやれば、いい1on1ができるというわけではないですよね。ふだん、あまり相談にすら乗ってくれない上司から「本当にやりたいことは何?」といきなり聞かれて「実は……」なんて、出てくるわけありません。そうではなく、日頃から「このリーダーになら、率直に話せる」という、心理的安全な人間関係あっての1on1です。
(第3回に続く)
石井遼介(Ishii Ryosuke)
株式会社ZENTech取締役。慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員。
東京大学工学部卒。シンガポール国立大学 経営学修士(MBA)。
神戸市出身。研究者、データサイエンティスト、プロジェクトマネジャー。
組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。
心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。
2020年9月に上梓した著書『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)は10万部を超え、読者が選ぶビジネス書グランプリ「マネジメント部門賞」、HRアワード2021 書籍部門 「優秀賞」を受賞。
李 英俊(Lee Youngjun)
マインドセット株式会社代表取締役/コンサルタント/エグゼクティブコーチ
2003年、新卒で外資コンサルティングファームに参画し、官公庁・民間企業向け事業再生・組織変革に従事。その後、インキュベーター企業で新規事業開発のプロフェッショナルとして活躍したほか、戦略人事機能を担当する執行役として同社IPOに貢献する。
2008年より、歴史的文化財の利活用にフォーカスした国内屈指の事業再生企業で、コンサルタント・戦略人事・マーケティング管掌の取締役に。大規模再生案件プロジェクトを推進する傍ら、急成長企業である同社を「働きがいのある会社」ランキング(GPTW)に5年連続で入賞させる。
2016年、マインドセット株式会社を創業。代表取締役を務める。次世代経営リーダーの育成、自己変革に取り組む発達志向型組織へのサポートをするため、組織開発コンサルティングを行うほか、プロフェッショナルコーチ養成機関を主宰。イノベーションと戦略人事機能が交差する領域で、急成長ベンチャーから大企業に至るまで組織の規模を問わず、コーポレートゴールの達成とエフィカシーの高いカルチャー創りを支援している。
トレーナーとして、過去19年間で2400回以上、4万時間以上の指導実績を誇る。また、プロアスリート・運動指導者・起業家・イノベーターに向けた身体開発・操作能力向上の指導も手がける。2021年9月には、最新のウェルネスとAIテクノロジーを掛け合わせた次世代ウェルビーイング複合施設「Yawara」を東京・原宿にオープン。著書に『チームが自然に生まれ変わる』(ダイヤモンド社)がある。