一冊の「お金」の本が世界的に注目を集めている。『The Psychology of Money(サイコロジー・オブ・マネー)』だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のコラムニストも務めた金融のプロが、資産形成、経済的自立のために知っておくべきお金の教訓を「人間心理」の側面から教える、これまでにない一冊である。世界43ヵ国で刊行され、世界的ベストセラーとなった本書には、「ここ数年で最高かつ、もっとも独創的なお金の本」と高評価が集まり、Amazon.comでもすでに1万件以上の評価が集まっている。本書の邦訳版『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』が、12月8日に発売となった。その刊行を記念して、本書の一部を特別に公開する。

「頭のいい人」でもお金持ちになれない決定的な理由イラスト:Harman House Ltd©

経済的成功のカギは「ソフトスキル」

 なぜファイナンスの世界では、平凡な清掃員が800万ドル(約9億円)もの資産を築けるのか?(前回記事参照) トップエリートに負けない成果を出し得るのか? それは2つの理由から説明できる。

★前回記事→「平凡な清掃員が9億円もの資産を築いたシンプルな方法」

 1つは、経済的な成果は、知性や努力とは無関係の「運」に左右される部分が大きいからだ。これはファイナンスの世界の真実であり、本書でも以降の章で詳しく説明する。

 もう1つの理由は(私はこちらのほうがより一般的だと考えている)、経済的な成功は「ハードサイエンス(物理学や数学などの分野)」では得られない、というものだ。

 経済的な成功は、何を知っているかよりも、どう振る舞うかが重要な「ソフトスキル」の問題なのだ。

頭の良い人でも、お金とうまく付き合えない

 私はこのソフトスキルを「サイコロジー・オブ・マネー(お金の心理学)」と呼んでいる。化学や物理学のようなものではなく、複雑で測定が難しい人間の心理や行動が大きく関わっているからだ。

 このソフトスキルは、ひどく過小評価されている。金融は数学に基づいた分野だと見なされているからだ。データを入力すれば数式が自動的に答えを出してくれ、人間はその答え通りに行動すればいいと考えられている。

 それは、「半年分の生活資金を用意すべき」「給料の10%を貯蓄すべき」などのアドバイスが溢れるパーソナル・ファイナンスの世界にも当てはまる。また、金利とバリュエーション(企業価値評価)の正確な相関関係が示されている投資の世界でも、CFO(最高財務責任者)が正確な資本コストを測定できるコーポレートファイナンスの世界でもそうだ。

 これらの知識が間違っているわけではない。しかし実際のところ、ファイナンスの世界では「何をすべきかを知っていることと、その人が実際に取る行動はまったくの別物」なのである。

 過去20年間、金融業界は一流大学を出た優秀な人材を引き寄せてきた。10年前、プリンストン大学工学部で一番人気のある専攻科目は金融工学だった。しかし、それによって人々の投資の腕は上がっただろうか? 私にはその証拠が見当たらない。

 人類は長年にわたる試行錯誤の結果、より良い農業従事者、配管工、化学者になる方法を学んできた。しかし、同じように長年にわたる試行錯誤の結果、私たちは家計のやりくりが上手になっただろうか? 借金をしなくなり、万一に備えて貯金ができるようになっただろうか? 老後資金を蓄えられるようになり、お金で買える幸せと買えない幸せを区別できるようになっただろうか?

 私はこれらを裏付ける説得力のある証拠を見たことがない。

(本原稿は、モーガン・ハウセル著、児島修訳『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』からの抜粋です)

モーガン・ハウセル

ベンチャーキャピタル「コラボレーティブ・ファンド社」のパートナー。投資アドバイスメディア「モトリーフル」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元コラムニスト。
米国ビジネス編集者・ライター協会Best in Business賞を2度受賞、ニューヨーク・タイムズ紙Sidney賞受賞。妻、2人の子どもとシアトルに在住。