体操ニッポンを“絶対王者”としてけん引してきた内村航平(33・ジョイカル)が、晴れやかな笑顔とともに現役に別れを告げた。歴史に自らの名を刻んだ、一握りのアスリートだけが臨める現役引退会見から伝わってきたのは、未来を担う子どもたちを含めた、日本社会全体へ向けた三つのメッセージだった。(ノンフィクションライター 藤江直人)
最後の最後まで貫いた
着地へのこだわり
何度見ても鳥肌が立つ。日の丸を背負った内村の、結果的に最後の勇姿となった昨年10月の世界体操選手権。唯一出場した種目別の鉄棒決勝、そのフィニッシュだった。
高く、美しい放物線を描きながら一糸乱れぬ着地に成功した。会場となった北九州市立総合体育館に万雷の拍手が鳴り響く。見つめていた日本代表の橋本大輝が、海外の選手たちが、内村の完璧な演技に魅了され、無我夢中になって拍手を送った。
「最後は絶対に着地を止めて終わる、という気持ちで臨んだ演技をやり切れた。結果は伴わなかったけど、次の世代の選手たちにもこれが体操だ、本物の着地だというのを見せられた。最後を僕らしく終えられたのは、本当によかったと思っている」
都内のホテルで1月14日に行われた現役引退会見で、内村は世界体操選手権での演技を笑顔で振り返った。生まれ故郷で開催された大舞台を前に、実は引退を決めていた。
「ちょっとしんどすぎたといいますか、このままだと先が見えないと感じました。全身が痛いこともありますけど、日本代表選手として世界一の練習が積めなくなった自分に対して、心の中であきらめがあったというか、メンタル的な部分でモチベーションを上げていくのが非常に難しかった。すんなりと『もう無理だ』と思いました」
最後と決めていたからこそ、こだわりを貫いた。予選の5位から6位に順位を下げ、メダルに手が届かずに終わっても万感の思いに浸り、ガッツポーズを繰り返した。何に一番こだわっていたのかと問われた内村は、迷わずに「着地です」と返した。
「全ての種目で着地を止めるのは当たり前だと、こだわりを持ってきました。もちろん美しく見せることも、他の選手と同じ技でも違うように見せることも大切ですけど、いつも着地を止めているという印象をみなさんも持っているはずだし、僕自身も着地を追い求めてきた。最後の最後に意地を見せられたと思っています」
着地へのこだわりを熱く語る内村の姿から、最後の仕上げを意味する「画竜点睛」という言葉を思い出した。どんなに素晴らしい演技を披露しても、ちょっとでも着地が乱れれば、内村にとっては肝心な部分が抜け落ちる「画竜点睛を欠く」となる。