行政や関連事業者が「特殊事例」と強調する宮城県石巻市の商店街で発生したアスベスト飛散事故。だが、関係者の主張に反し、発注段階から工事後の対応、現在進行中の後始末の工事にいたるまで多くの問題が指摘されており、「典型的」としか考えられない実態がある。
当初から問題が指摘
8月30日に発覚した宮城県石巻市のアスベスト飛散事故とその後始末をめぐる対応がどのように典型的なのか。情報公開請求によって入手した石巻保健所の対応記録や筆者が目にした現場の状況をふまえて、改めて振り返ってみたい。今回は事故の発覚前についてである。
商店街の一角にある元店舗の解体工事にともなうアスベスト除去工事について、大気汚染防止法に基づく届け出が石巻保健所に提出されたのは2011年12月27日のことだ。届け出たのはこの解体工事を石巻市から「抽選」で請け負った地元の菅野工務店。除去工事は下請けの環匠(埼玉県川越市)が実施するとされた。
じつはすでに、この時点で事故の兆しがあった。アスベストの調査・分析に詳しい、NPO「東京労働安全衛生センター」の外山尚紀氏がたまたま現場を訪れたのはこのころだ。外山氏は外壁が崩落し、はりや柱に吹き付けたアスベスト、それも発がん性のもっとも高いクロシドライト(青石綿)が露出していることに加え、隣接する土地にこぶし大の青石綿のかたまりがごろごろ落ちている状況を確認している。
外山氏はこの現場の危険性が高いと判断し、石巻市や石巻労働基準監督署に連絡して青石綿がむき出しになっている状況を伝えた。すると行政からは「承知している」との回答が返ってきた。
外山氏が現場を再訪したのが1月下旬、このときは筆者も同行していた。壁が落ちて吹き付けアスベストがむき出しだったという外壁部分にはシート養生がされていたが、隣地には多数の吹き付けアスベストが散乱したままだった。