唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

片目を隠すのはワケがある…「海賊」の眼帯に秘められた凄い戦闘テクニックPhoto: Adobe Stock

あなたの視野はかなり狭い

 今あなたの目には、この文字だけでなく、周囲の広い範囲が映っているだろう。目を動かさなくても、上下左右の景色は目に入っているはずだ。

 では、今読んでいる文字に視点を固定し、目を動かさずに他の文字を読もうとしてみてほしい。おそらく、ぼやけて読めないのではないだろうか? 

 そしてあなたは、視線を動かさない限り、「文字を読める範囲」が非常に狭いことに気づくはずだ。私たちの視野は、テレビ画面に映る景色のように、隅々までくっきり映し出されているわけではないのだ。

 目のしくみを知っていると、この理由がよくわかる。カメラにたとえてみよう。レンズに相当するのが水晶体(中心部は瞳孔)、しぼりが虹彩、フィルムが網膜、カメラに装着するレンズキャップがまぶたである。ちなみに、上まぶたと下まぶたの裏面から白目の部分を覆う膜は結膜、黒目の部分を覆う膜は角膜という。

 私たちが景色を認識するのは、網膜に映った映像が脳に伝わるからだが、実は網膜全体ではっきりものを見ているわけではない。網膜の中心部分の、ほんの一点だけで見ているのだ。

 この一点とは、黄斑と呼ばれる部位の、さらにその中央、「中心窩」と呼ばれる点である。この部分の直径はわずか〇・三ミリメートルしかない。ここから少しでも外れると、視力は大きく低下する。私たちの視力は、この狭い部分に依存しているのである。

 普段このことに気づきにくいのは、無意識に視線をせわしなく動かし、常に対象物を中心で捉えているからだ。

 網膜には視細胞と呼ばれる細胞がぎっしり並んでいて、その数は片目だけで一億個以上ある。この細胞が光の刺激を信号に変え、神経を通して脳に伝えている。

 視細胞には、桿体細胞と錐体細胞の二種類の細胞がある。それぞれ、細胞の形に由来した名前である。「桿」とは「さお」や「棒」の意味で、「錐」は、円錐や四角錐のように、先端が細くなった形のことだ。

 桿体細胞はわずかな光でも捉えられるため、主に暗い場所の視力を生み出すが、色は識別しない。一方、錐体細胞は暗い場所では機能しないが、色や形を認識でき、主に明るい場所の視力を生み出す。

 意外にも、一億個以上ある視細胞のうち九割以上が桿体細胞で、錐体細胞は五パーセント程度だ。この錐体細胞が中心窩に極めて偏って存在しており、これが明るい場所での視力を生み出しているのである。

 また、明るい場所の視力は中心窩から鼻側、あるいは耳側に離れるにつれて、急激に低下していく。視野の中心部分でしかはっきりと文字を読めないのは、それが理由である。

 逆にいえば、病気や外傷で中心窩が傷つくと、視力は格段に落ちてしまう。幼い頃から「太陽を見つめてはいけない」とよくいわれるのは、中心窩を傷める恐れがあるためだ。こうなれば、メガネを使っても決して視力が上がることはない。

 たとえレンズによって屈折率を変え、網膜表面に像を結べても、それをはっきり認識できないからだ。