盲点とは?

 さて、視細胞は網膜全体に広がっているものの、一箇所だけ視細胞が全く存在しない点がある。目の神経である視神経が網膜を貫く、視神経乳頭と呼ばれる部分である。ここは「盲点」とも呼ばれ、その位置は、中心窩から鼻側に約一五度離れたところである。

 つまり、網膜には何も見えないところが一点だけ存在するということだ。不思議なことに、私たちは普段、自分の盲点の存在に気づかない。片目で世界を眺めても、視野が一箇所だけ欠けているなどということはないはずだ。脳が周囲の情報から推測して欠けた視野を補完しているからである。 

海賊の凄いテクニック

 明るいところから急に暗いところに入ると、最初は何も見えないのに、徐々にものが見えるようになってくる。このことは、誰もが経験的に知っているはずだ。この現象を「暗順応」と呼ぶ。主に働く細胞が、錐体細胞から桿体細胞にゆっくりと切り替わるのである。

 逆の経験もあるだろう。暗いところから急に明るいところに出ると、最初はまぶしくてものが見えにくいが、徐々に普段の見やすさを取り戻す。これは、「明順応」と呼ばれる現象だ。暗順応と逆の作用が起こっているのである。

 明順応と暗順応は、完了するまでにかかる時間が大きく異なる。明順応は約五分とすみやかに起こるが、暗順応は三十分ほどかかるのだ。

 実は、この興味深い現象を学んで以来、私はこれを日常生活に生かしている。夜中に尿意を催し、暗い寝室からトイレに向かう、といった経験は誰しもあるだろう。このときに、廊下の電気をつけて両目を光にさらすと、あっという間に明順応が完了してしまう。再び暗い寝室に戻ると、部屋の中が見えにくくなってしまうのだ。

 そこで、片目をつむった状態で電気をつけ、一方の目は暗順応を維持したまま、もう一方の目を明順応させる。すると、暗い部屋に戻って両目を開けたとき、片方の暗順応が生きているため部屋の中をスムーズに移動できるのだ。

 もちろん、片目をつむって歩くと距離感がわかりづらいので注意は必要だが、意外に便利な方法である。足元がよく見えなかったために、寝室のベッドに小指をぶつけて痛い思いをすることもない。

 むろん、もう一度寝室の電気をつければいいではないか、といわれれば反論のしようもない。だが、臓器の持つ特性を知り、それを大いに利用し、その成果を自ら体感することは、この上なく心地よいものである。

 ちなみに、アニメや映画で出てくる海賊は、決まって片目に眼帯をしている。その理由については諸説あるようだが、一説によると暗順応を維持するのが目的なのだそうである。明るい甲板から暗い船倉に入った際、眼帯をずらすだけで中の様子がわかるというのだ。

 明るい場所で作業している最中に突然船倉で戦闘が始まっても、暗順応が生きている片眼を使えば困ることはない。確かにこれが真実なら、目の特性を生かした便利なテクニックだといえるだろう。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)