酔うと隣のお客さんを蹴飛ばす
ぼくのどこが気に入ったのか、それからはやすしさんが東京に来るたびに電話がかかってきました。逃げても見つけ出してくるから、呼ばれたらもうしょうがない。いつも財布を持って駆けつけていました。なぜか勘定は、いつもぼく持ちだったんです。
やすしさんが飲むのが好きだったのは確かですけど、不思議なんですよね、バーに入ると15分もしないうちにケンカが始まる。
「こら! なんやお前!」
「こら! 貧乏人!」
って言いながら、隣りのお客さんを蹴っ飛ばし始めるんです。さっきまでニコニコしてたのに。そのたびに、ぼくが「すいません、すいません」ってひたすら謝っていました。
タクシーに乗ったときも気が抜けません。銀座から新橋の焼肉屋さんに行こうと思ってふたりでタクシーに乗ったら、運転手さんがラジオを聞いてたんです。そしたら、運転手さんの後ろに座ったやすしさんが、いきなり背もたれを蹴り出した。
「こら! 後ろ見んかい! 林家木久蔵と横山やすしが乗っとるんや! どんなおもろい話するかわからんで。ラジオ消せ、ラジオ! おもろないわ!」
そういうときのために、ぼくは千円札を三枚入れたポチ袋を持ち歩いてました。座席の横から運転手さんにそっと渡して「ごめんね。ちょっとこの人、今日は機嫌が悪くて。近くて悪いけど、新橋までお願い」って頼んで、どうにか行ってもらいました。
今日だけ機嫌が悪いわけじゃなくて、いつもその調子なんですけどね。とにかく、想像も常識もはるかに超えた飲み方をする人でした。