バカは強い、バカは愛される、バカは楽しい、バカは得である――。国民的長寿お笑い番組の“黄色い人”として老若男女に大人気、バカの天才である林家木久扇師匠(84)が、バカの素晴らしさとバカの効能を伝える『バカのすすめ』を出版した。
世の中が息苦しさに覆われ、「生きづらさ」という言葉が広がる今こそ、木久扇師匠が波乱の体験や出会いから導き出した「バカの力」「バカになれる大切さ」は、ひときわ大きな意味を持つ。バカという武器に助けられた人生で起きた波乱の出来事や、「あの番組」の共演者&歴代司会者についての愛あふれる考察など、初めて明らかにする秘話もたっぷり。笑いながら読み進むうちに多くの学びがあり、気持ちがどんどん楽になって、人生観も見える景色も変わる一冊。この連載では本書から一部を抜粋し、再編集して特別に公開する。(構成 石原壮一郎)

【林家木久扇が述懐】無茶苦茶な横山やすしさんと呑み続けた、たった一つの理由写真/榊智朗

「飲みに行くで、出てこんかい!」

 ぼくはこれまで、たくさんの偉大で素晴らしいバカと出会い、たくさんのことを学んできました。なかでも筋金入りというか、バカの王様といえば、文句なしに横山やすしさんです。無茶苦茶な人でしたけど、妙にウマが合ったんですよね。

 昭和40年代の半ばごろに、ある演芸番組で一緒になって電話番号を交換しました。それから何日も経たないうちに、夜うちにいたら電話がかかってきたんです。

「もしもし、木久蔵さんか。ワイや、横山やすしや。テレビ朝日の収録が終わったから、これから六本木に飲みに行くで。出てこんかい!」

 その頃は三鷹の深大寺っていう郊外に住んでいましたから、そう簡単に六本木には出られません。「すいません。明日も朝、早いので」って丁重に断わったんですけど、

「なに言うとんのや! 芸人が夜遊ばんでどないするんや! ええから来い!」

 と、まったく引き下がってくれない。やっと電話を切って「やれやれ、逃げ切れた」と思って、家でのんびりしてたんです。そしたら、ぜんぜん逃げ切れてなかった。

夜中に押し掛けてきて庭で大騒ぎ

 夜中の1時間半か2時ぐらいに、家の前でタクシーが停まったんです。「ここや、ここ」って大きな声が聞こえる。電話番号をわたすとき、いっしょに住所も書いちゃったんですね。それをたどって来ちゃった。もうかなり遅い時間だったと思います。

 居留守を使ってたんですけど、ずっと「こら、おるんやろ。出てこんかい!」って叫んでる。当時の深大寺は家なんてまばらで、閑静どころか森の中ですからね。

 困ってたら、家の電話が鳴りました。やすしさんは表でずっと騒いでるから、誰だろうと思いながら取ると、お向かいの方からだったんです。「小柄な男の人が騒いでいて、さっき豊田さんちの塀を乗り越えていきましたけど、警察呼びましょうか?」って。

「い、いえ、大丈夫です。知り合いですから」って恐縮していたら、やすしさんは塀を乗り越えて、そのうち物干しざおで雨戸を叩き始めたんです。「落語の名人、木久蔵さん、木久蔵さんったら木久蔵さん。こら、顔見せんかい!」って叫びながら。

 ご近所迷惑もいいとこだから、しょうがなく窓から顔を出したんです。

「おるやないか、こら! 下りてこいや! 六本木に行くで!」

 待たせていたタクシーで、そのまま六本木に連れていかれました。