インフラとしての物は豊かになったが、
本当の豊かさはあるか?
約一〇〇年前の一九一八年、松下氏がビジネスを始めたときに、日本はまだ豊かではありませんでした。だから松下氏は、「ものづくりの力で日本を豊かにしたい」と考えました。
これが有名な「水道哲学」です。幼少期に貧困にあえいだ松下氏は、蛇口をひねれば水道の水が出るように、低価格で良質な製品を大量供給することで、物が行き渡って消費者が豊かになるようにしたいと考えていました。
私なりに咀嚼すると、「インフラとしてのテクノロジーを整えていきたい」ということだと思います。
戦後には白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機といった「三種の神器」が、パナソニックをはじめとした家電メーカーの努力によって比較的廉価で家庭に普及しました。家事労働を代替し、暮らしを豊かにしてくれる家電が送りだされていったのです。
パナソニックの創業から一〇〇年が経って、日本の社会を見れば、インフラとしての物は豊かになっていると思います。松下氏の「水道哲学」が実現したのです。
しかしインフラが整っているにもかかわらず、マーケティング上の必要性からどんどん新作をつくる。それが日本の製造業が置かれている状況だと思います。
だからこそ、「本当の豊かさとは何なのか」「これからどこを目指すべきか」を、一〇〇周年を迎える前に探りたい。そのカギが、伝統工芸にあるのではないか。パナソニックは、そんな仮説を持っていたのです。