多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのaである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかる『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』より本文の一部を抜粋、再編集してお送りする。

ESGイメージPhoto: Adobe Stock

似て非なるESGとSDGs

――今や聞かない日はないほどメジャーな言葉となったSDGsですが、似たようなキーワードとして使われるESGとは何が違うのでしょうか。

 理解を深めるためには、歴史を紐解く必要があります。2000年に国連ミレニアム・サミットで採択された「ミレニアム開発目標」(Millennium Development Goals、以下「MDGs」)が2015年で終了するのに合わせ、同年9月、国連総会で「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals、以下「SDGs」)が新たに採択されました。

 SDGsは、主に極度の貧困にあえぐ途上国の目標だったMDGsと違い、世界のあらゆる人、国や組織の包括的な目標(アジェンダ)として設定されています。「誰ひとり取り残さない」(leave no one behind)という要請のもと示されたSDGsの具体的指針は、17の目標、および、それらをブレークダウンした169のターゲットとして示されています。

 大手町・丸の内エリアへ行くとジャケットの胸の部分に17色に彩られたSDGsのバッジを付けているビジネスパーソンが(GPIFのESG投資開始の影響か)2017年あたりから増えてきたこともあり、日本においてはコロナ禍で認知が広がったESGにくらべてSDGsの方が馴染み深いと思います。

 日本ではESGと同じ文脈で語られることの多いSDGsですが、両者の違いと関係をうまく説明できるか言われると言葉に詰まる人が多いと思います。

 なぜなら、両者ともに国連から生まれたイニシアティブであり、コンセプトも似ているため、「ESG/SDGs」とひとくくりにされがちだからです。

ESGとSDGsの具体的な違い

――ESGとSDGsの具体的な違いを教えていただいてもいいでしょうか。

 ESGというのは、一般に「ESG投資」という言葉で語られる場面が多いことからもわかるとおり、機関投資家(アセットオーナー)が資産運用会社(アセットマネージャー)を通じて企業に投資をするときに適用する投資規範のことです。

 つまり、機関投資家は、投資先の企業の長期的な株主価値向上を図るため、投資判断にあたり環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)を考慮に入れることになるわけです。

 他方、SDGsは全人類のグローバル・アジェンダですが、とりわけ企業にとっては具体的に取り組むべき社会・環境課題に関する事業機会の例示と理解することができます。

日本とは相性がいいESGの理念

――似ているようで違うものなんですね。

 そうですね。ですが、一緒に考えた方がいいのではないかという見方もあります。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)で最高投資責任者CIOを務めていた水野弘道氏は、古くから「三方良し」の精神が根付いている日本では、「ESGとSDGsは表裏一体の概念である」と啓蒙した方が政財界にすんなり受け入れられるとの読みがありました。

 また、水野氏は、ESGとSDGsのコンセプトは日本が古くから守ってきた文化と親和性が高く、日本がこの分野でオピニオンリーダーになれるとの期待があったとも述べられています※1

 欧米の専門家の間ではESGとSDGsはまったく別物という扱いをされることが多いようですが、日本ではGPIFが両者は表裏一体というコンセプトで啓蒙をしてきているため、企業の間でもそのように理解されるようになっています。

 これはかつて日本独特の考え方といわれていましたが、近年では欧米のグローバル企業もこれにならい、毎期開示する統合報告書において、自社の事業ポートフォリオがSDGsの掲げる17のどの目標の解決につながるのかを明示することがすっかりお決まりの基本作法になりつつあります。

ESGは中長期と言われる理由

――企業がESGシフトしていく際のポイントなどあるのでしょうか。

 企業にしてみれば、機関投資家の資金がどんどんESG投資へシフトしていくなかで自社に投資してもらうためには、ESG投資の基準にフィットするような事業ポートフォリオを構築する必要があるわけです。特にEUの投資家は、ESGスコアが低い(特に環境)企業に対してはダイベストメント(投資の撤退=保有する債券や株式の売却)という手段を選ぶ傾向にあります。

 したがって、企業としては、ESGテーマである環境、社会課題を解決する事業としてSDGsに機会を見出すことになるのです。その結果、SDGsに取り組む企業は中長期的な株主価値の向上を実現し、ESG投資を実践する投資家は中長期的に高いリターンを享受し、持続可能な社会をつくることができるようになるわけです。

 そして、SDGsに代表される環境・社会課題を解決する事業は資金も時間もかかることが容易に想像されます。だからこそ、ESGのガバナンスが重要課題として理解されています。企業の経営陣が「この四半期も稼がないといけないから」と近視眼的で安易な経営判断に陥ることを防ぐ必要があります。経営陣の暴走を防ぐ役割をガバナンスが担保するわけです。

 ガバナンスは、環境・社会課題を解決する事業に取り組むことで長期的な株主価値の向上を図る(高いESGパフォーマンスを実現する)ための前提として捉えるとしっくり来ます。もちろん、ESG投資の世界では、企業の経営陣がショートターミズムへの引力に引っ張られることのないよう、投資家にも健全なエンゲージメントが期待されています。

※1:2021年6月1日開催のBRIDGEs 2021 ESG & SDGs Meeting基調講演「なぜ私たちはESG&SDGsに取り組まなければならないのか?」より