「卑弥呼」のここが“やばい”!
じつは引きこもりのおばあちゃんだった
王様の仕事というと、たくさんの部下を従えて、指示をしたりするようすを思いうかべるかもしれません。
でも、卑弥呼は引きこもりでした。宮殿の奥でひたすら「鬼道」という占いに明け暮れる日々。占いの結果を伝えるのは弟の役目で、人々は卑弥呼の姿を見ることすらできません。さらに、食事の世話などもすべて弟がこなし、お世話係の女性たちも近づけませんでした。
いくらなんでも弟に頼りすぎですし、これではただのあやしいスピリチュアル好きです。
ところが、当時の人々は悪天候や病気など、自分の手に負えないことを恐れていました。だから、占いで未来を教えてくれる卑弥呼のふしぎな力に頼っていたのです。むしろ、姿を見せないミステリアスさが、占いの神秘性を高めていた可能性すらあります。
そんなイメージから、学習漫画などではあやしい美女として描かれることが多い卑弥呼。でも、魏の書物「魏志倭人伝」によると「かなりのおばあちゃんで、夫はいなかった」そうです。もしかしたら、外に出ない理由はおばあちゃんだから外出がめんどうくさかっただけかもしれません。
卑弥呼の死後は、台与という13才の少女が王になったそうですが、その後の記録はとだえていて、邪馬台国がどうなったかはなぞに包まれています。
時代:弥生時代、247年ごろ
弥生時代にいた邪馬台国の女王。邪馬台国のほか、いくつかの国を治め、倭(日本)の王として、中国と交流した。
(本原稿は、東京大学史料編纂所教授 本郷和人監修『東大教授がおしえる やばい日本史』の内容を編集して掲載しています)