米国は国内インフレ率の高さ(自国通貨の対内的購買力の低下)を憂い、日本は円安(自国通貨の対外的購買力の低下)を憂いている。
今回は現下のインフレ、円安、金融政策について、その是非と効果(含む副次的な効果)について考えてみよう。結論を先に言うと、今の日銀の金融政策はある程度柔軟性を増す必要があるが、「望ましい形の2%インフレ目標」を降ろすべきではない。また円安はオーバーシュートしており、いずれ到来する米国の景気後退に伴って大きく円高に揺れ戻すだろう。
さらに日本の家計は預貯金に偏り過ぎた金融資産構成を見直す必要があり、政府は一層それを支援すべきだろう。現役世代は今後の資産形成の選択次第で将来の結果を良い方向に変え得るだろう。しかしながら、高齢者層が保有の大半を占める預貯金がリスク性資産に大きくシフトすることは難しい。その結果、ケインズが語った「金利生活者階級の安楽死」の21世紀版が進行することになりそうだ。
望ましい形のインフレではないが
現在の消費者物価指数(前年同月比)で2%台程度の物価上昇なのに、インフレが不人気なのは分かる。「デフレ脱却」というスローガンで人々がイメージするのは、自分らの賃金が上がり、消費需要が増加し、その結果として物価も上がることだろう。
ところが今の局面は賃金ではなく、エネルギー資源や食料品など輸入価格の高騰が国内に波及する形で物価上昇が先行している。その結果、厚生労働省の発表した今年5月の現金給与総額はインフレ率調整後の実質で前年同月比マイナス1.8%だ。
筆者自身、今の日本経済がデフレ傾向を脱して内需主導の景気回復に安定的に乗るために賃金上昇が必要であることを強調し、それを妨げている原因を考えてきた(参照:「スガノミクス脅かす最大の難敵「賃金停滞」の背後にある日本企業経営の病巣」2020年11月4日掲載)。
しかし物事はそう都合の良い順番で生じるわけではないし、全く成果がないわけでもない。もう少し長期の視点で見てみよう。図表1は雇用者報酬と家計可処分所得の年次推移である。インフレ率を調整した実質値で示してある。
見て分かる通り、緩やかではあるが増加トレンドをたどっている。可処分所得は2020年に前年比3.8%と大きめに伸びた後、2021年はマイナス1.2%と減少しているが、これは2020年に新型コロナ不況対応で行われた国民一人当たり10万円の定額給付などで可処分所得が押し上げられた結果であり、基調はプラスの伸びが続いてきた。
現在の物価上昇はエネルギーと食料など輸入価格の上昇によるものであり、日本経済全体としては回避不可能なコスト増だ。実際、エネルギーと生鮮食品を除いた消費者物価上昇率は前年同月比でプラス0.8%(5月)にすぎず、じたばたせずに受け入れるしかない。
もちろん生活費に占める食品や光熱費などの比率が高い低所得家計への一時的な給付などは行う余地はあるが、今般の参院選で多くの野党が掲げたような消費税率の引き下げなど無用・有害の策だろう。