消費者余剰は、消費者の「支払意思額」から実際に支払った「価格」を引いたものです(図1)。デジタル化で、価格サイトで比較して買ったり、ストリーミング音楽を楽しんだりといったことが可能になり、モノやサービスの価値は同じでも、購入価格が下がり、消費者余剰が膨らんでいると考えられます。デジタル化で消費者余剰が増えたため、生活満足度が上がったという推論に行き当たったのです。

 試算では、日本の実質GDP(国内総生産)に消費者余剰を合算した値は、2010年以降拡大しています。実質GDP500兆円に対し、約1割弱の消費者余剰が生まれている計算になります。

 しかし、この消費者余剰の額は、消費者から見た主観的なものであって、生産者側の視点に立ったGDPでは表すことができません。GDPには表れない消費者余剰がデジタル化で拡大しているために、GDPは低迷していても人々の生活の満足度が高まっているのです。

――デジタル化で得られる満足度は、従来のものさしでは測れないのですね。

 デジタル化が進展する経済では、モノはプラットフォーム上でサービスとして提供され、大きな消費者余剰を生み出していますので、その価値は生産者側からではなく消費者側から(消費者余剰も含めた概念で)測定しなくてはなりません。

 視点を変えて、工業製品を大量生産する産業革命とデジタル化のデジタル革命の比較を考えてみます。産業革命ではモノづくりにおいて、いかに生産コストを下げ、「生産者余剰」を拡大するかが重要です(図1の青文字)。価値の源泉となるのは、主に労働生産性です。

 一方、デジタル革命では、プラットフォーム上でデジタルサービスが提供され、消費者の満足度をいかに高めるか、「消費者余剰」をいかに拡大するかが肝要で、デジタルデータの活用が価値の源泉となるのです。これがデジタル資本主義という考え方の根本です。

――デジタル化で豊かになるというのは、単にネットで安いものが買えるという話では終わらない。

 デジタル化は生活者にさまざまなベネフィットを提供します。

 ある調査ではGDPと生活満足度の相関を見ると、1人当たりGDPが1万ドルに達するまでは、GDPに正比例して、リニアに生活満足度が伸びています。衣食住が足りてくる、つまり物的な充足度が上がることで国民生活も豊かになるということです。

 しかし、1万ドル以上になると1人当たりGDPが伸びても生活満足度は頭打ちになってきます。ある程度経済レベルが向上してくると、いくら1人当たりGDPを増やしても、生活者の満足度は上がりません。

 では、国民生活を豊かにするにはどうすればいいか。別のデータから見てみます。DESI(デジタル経済社会指標)と生活満足度の相関を見ると、1人当たりのGDPが上昇するよりも、DESIが向上する、つまり経済社会のデジタル化が進展すると、生活満足度が向上することがわかっています。

 具体的な例をお話ししましょう。エストニアは国を挙げて社会のデジタル化を進めており、税務申告などの行政手続きや医療情報がオンライン化されていることはよく知られています。調査でも、DESIの値と生活満足度が、ともに高い国です。

 行政や社会のデジタル化によって、国民一人一人のニーズにあった行政サービスが提供できるようになっています。行政がデジタル化する本質的な意味は、デジタル化自体が目的ではなく、国民一人一人が中心になる社会が作られることであり、それがウェルビーイングを高めることになる、これらのことがこの国では実現されています。

 また、身近な例ではコロナ禍のテレワークがあります。NRIが実施したアンケートによると、25歳から34歳までの若い世代では20%以上が、テレワークができるなら給与が下がってもよいと回答しています。特に子育て世代は、テレワークに大きな価値を見いだしています。

 ある意味、テレワークでも働く人一人一人の事情に合わせた働き方ができる、つまり、働き手が中心となる雇用関係が成立しているということになります。これも社会のデジタル化と国民生活のウェルビーイングが関係することの一つの事例と言えます。