GAFAから
カテゴリー特化型D2Cへ

――デジタル系のビジネスは、どう変化していくのでしょうか。

 デジタルビジネスといえば、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)が急成長したことは皆さんご存じの通りです。NRIが今、注目しているのは、顧客とオンラインで直接つながるD2C(Direct to Consumer)のビジネスです。特に、カテゴリー特化型D2Cです。

 デジタル化がもたらす空間的な制約が緩和される効果を通じて、中堅・中小企業を含めた多くの企業がダイレクトにエンドユーザーにコネクトすることで「増価」を目指す動きです。

 顧客と直接つながり、そのニーズを把握して、体験を軸にデータを活用しながら、顧客と企業の双方が学習し合う形で、その関係性をさらに密にすることで成長していきます。「グロースハック」と呼ばれ、学習効果を発揮して増価蓄積をしていくものです。

 フィットネスバイクとオンラインフィットネスを提供する、2012年に米国で創業したペロトン(Peloton)は、その典型例です。自社開発のバイクにセットされたモニターを通じて、目の前にインストラクターがいる臨場感を味わえます。バイクには高度なソフトウエアが装備され、オンラインプログラムを受講した瞬間から多種多様なデータが蓄積され、分析され、それに基づいて、UI(ユーザー・インターフェース)やUX(ユーザー・エクスペリエンス)が常に改善されます。

 ユーザーは常に最新の使いやすい状態でバイクを使い、プログラムを受講できます。ウエアやフィットネス用具もペロトンブランドとして特別にデザインして通販し、販売商品は専用の車と販売員が届け、顧客がペロトンの世界に深く入り込むような演出を徹底しています。

 D2Cモデルは、B2Bでも普及し始めています。例えばエムスリーは、医師向けに特化したビジネスプラットフォームを運営しています。医療従事者専門サイトの「m3.com」は、新型コロナ関連情報のオンライン提供サービスで、一気に拡大しました。成功の要因はコンテンツの先鋭性と、医師コミュニティの形成にあります。

 これらカテゴリー特化型のD2Cサービスは、一定の人を囲い込んで「濃い」コミュニティを作り、ハイレベルな体験価値を与えることで、収益を上げています。GAFAなど旧来のデジタルプラットフォームの「広く浅く」に対して、D2Cは「狭く濃く」へ移行しているのです。

 この競争では、NPS(Net Promoter Score/顧客が当該サービスを周囲の人間に推奨するかどうかを測るスコア)が決定的に重要です。コンテンツがすべてで、コミュニティにいる人を熱狂させ、刺激し続ける工夫を怠らず、コンテンツの精度向上に徹底的にコミットしています。この程度のことをしておけば、消費者は満足するだろう、というおごりはなく、ストイックな集中力で、NPSを圧倒的にすることが唯一のKPIです。業績という数字はあとからついてくるのです。

 D2C企業に比べれば、GAFAは実はネットワーク効果でスケールし、規模の経済を活かして、ロングテールでニッチな者同士をマッチングするだけで、新製品は生んでいません。プロダクトやサービスそのもののイノベーションを生んではいないのです。

――「社会価値」という概念も提唱されています。

 社会価値は、「外部不経済」と「外部経済」の差分という式で表すことができます。外部不経済とは、たとえば公害のように、企業の経済活動がその外側にある社会や環境に与える悪い影響を指します。一方、外部経済は企業活動の便益が社会や環境に及ぶことを指します。企業活動が社会や環境に与える便益が、社会や環境に与える悪影響を上回る場合、その価値が社会価値です(図3参照)。

 カテゴリー特化型D2Cでは、同好の士が集まるコミュニティが形成されます。そこには何らかの共通の話題があります。エムスリーは、コロナ禍でも成長しました。不測の事態でどこにも確たる情報がないなか、医師が現在進行中のコロナの診療の経験や知見をエムスリーのサイトに上げ続け、医師の現場の経験値をエムスリーが集めて提供するのを、医療従事者たちがむさぼるように読んだからです。

 医師という同じ志を共有するコミュニティでの情報のやりとりは、経済価値だけではなく同時に社会価値をも帯びています。そのコミュニティの生成過程、成長過程の中に自動的に社会価値の創出が内包されているのです。

(後編に続く)

「此本臣吾(野村総合研究所(NRI)代表取締役会長 兼 社長)インタビュー(後編)」に続く。

(後編)【『野村総合研究所社長に聞く「デジタル資本主義で、日本企業が生き残る道」』を読む】