――個人は、どのように行動すべきでしょうか。

 昨今、リスキリングでプログラミングやデータ・アナリティクスなどITの専門スキルを身に付けなければ生き残れないなどとよく言われます。しかし、誰にも高度なITスキルが必要なのかは疑問です。

 デジタルは道具であり、目的ではありません。何が課題で、何を解決するか、ソフトウエアやシステム開発に先立って、どのような目的で、どのような機能が必要なのかを決める要件定義というプロセスがありますが、この要件定義ができることこそが重要なのです。

 その上、今やエクセルを使える程度のITリテラシーがあればプログラムを組むことのできるモジュール化されたプログラミングキットが提供されています。この先、テクノロジーの進化でプログラミング技術もますますコモディティ化して、専門の言語に通じていなくても、それらを駆使してかなりのことはできるようになるでしょう。もちろん最先端の技術を扱う分野では、専門的な人材の育成が不可欠ですが、全員が先鋭的なデータサイエンティストやプログラマーである必要はないでしょう。

 これからの世の中は、ITスキルそのものより、ロジカルにものを考え、ものごとを整理する能力が必要とされるでしょう。たとえばどんなアズ・ア・サービスが有効なのかを見極め、それを実現するためにはどんなアルゴリズムが必要なのかを考える力です。これは、いわゆる文系であっても持ちうる一般的な論理的思考能力です。

『デジタル増価革命』書影『デジタル増価革命』此本臣吾監修, 森健編著、定価1980円、東洋経済新報社刊

 また、高齢者のデジタル・ディバイド問題も取り沙汰されますが、これも実態に即して考えるべきです。

 NRIは山形県鶴岡市のスマートシティ構想に関わっていますが、離れて暮らす子や孫と連絡を取るため、自らスマートフォンやSNSを使いこなしている高齢者も多く、過疎化は進んでいますが、高齢者のITリテラシーが概して低くはありません。使いたい気持ち、使う目的があれば、リテラシーは向上するのです。

 これからの時代にDXやデジタル化が必須だということは、誰もが聞き飽きた議論だと思います。しかし、さらに詳細に分け入って、経済価値とともに、人々や社会の幸福につながる社会価値を同時に生むデジタル・コモンズという形態を見据えながら議論し、企業変革、社会変革を進めていくことが、今私たちが取るべき行動ではないかと考えます。

「此本臣吾(野村総合研究所(NRI)代表取締役会長 兼 社長)インタビュー(前編)」を読む。