歴史ファンからも根強い人気を誇る伊達政宗。勇敢な戦国武将としてのイメージが強い政宗だが、悲願だった「百万石」の領土獲得を戦国時代に成し遂げることはできなかった。しかし、その後の半生で与えられた領土を地道に改革。見事、「百万石」を達成している。知られざる政宗の後半生についてひもとこう。(作家 黒田 涼)
知られざる伊達政宗の後半生
策謀家で知られる伊達政宗。関ヶ原の戦いを前に徳川家康から「百万石のお墨付き」をもらったものの、自身の不徳からほごにされた。
しかし、「百万石」の領地獲得は政宗の悲願だった。「お墨付き」をほごにされた後の政宗は心を入れ替え、地道に領地の開発に専念し、「四度目の正直」でようやく「百万石」を実現する。勇猛な武将イメージが人気の政宗だが、後半生は真面目に生きた。そんな姿もファンの皆さんには知っていただきたい。
今回は、合戦がほぼなくなった後に、政宗がどうやって平和的に百万石を達成したのか。その功績を振り返ってみたい。意外と知られていない政宗の後半生には、現代から見ても学ぶ点が多いのだ。