ロシアは天然ガス供給を意図的に絞ることで、欧州に揺さぶりをかける。欧州各国は天然ガスの備蓄積み増しを進めるが、冬場にガス不足に陥る懸念はぬぐえない。ガス価格高騰による物価高継続で、ECBは利上げにおいて難しい決断を迫られる。(第一生命経済研究所主席エコノミスト 田中 理)
冬場のガス不足で
経済混乱は必至
欧州は、厳しい冬を迎えることになりそうだ。ロシアからのガス供給の縮小で、欧州では冬場の需要期に深刻なガス不足に陥るとの見方が広がっている。
ロシアによるウクライナ侵攻と人道被害の拡大を受け、EU(欧州連合)は段階的にロシア向け制裁を強化してきた。
資源関連の貿易決済を難しくするため、SWIFT(国際銀行間金融通信協会)からロシアの大手行を締め出したほか、ロシア産石炭の全面禁輸を開始し、ロシアからの海上輸送経由の原油および石油製品の輸入を禁止した。
ドイツや東欧などは、ガス供給の多くをロシアに依存している。EUはロシア産化石燃料依存の早期脱却を目指しているが、ガスの代替調達先の確保は容易でない。
ノルウェーなど近隣の産ガス国からの供給量を最大限確保すると同時に、米国などからLNG(液化天然ガス)の輸入を拡大しているが、割高なスポット市場での調達を余儀なくされている。EU内にはLNGの陸揚げ港を持たない内陸国も少なくなく、ドイツは浮遊式の陸揚げ設備の年内稼働に向けて急ピッチで準備を進めている。
ロシアはこうした欧州側の事情を熟知しており、欧州向けガス供給を制裁緩和に向けた政治カードに利用しようとしている。
6月中旬には、修理した部品の納入が遅れていることを理由に、ロシアとドイツを結ぶガス・パイプライン「ノルドストリーム」のガス供給量を通常の約4割に縮小した。
7月上中旬に10日間の定期点検に入った際は、点検終了後もガス供給を停止し続けるのではないかとの不安も広がった。結局、ガス供給は再開されたが、別の部品の修理が必要になったとして、供給量を通常の約2割に絞り込んでいる。
欧州各国は冬場のガス不足に備えるため、11月末までに最大貯蔵容量の90%のガス貯蔵水準の確保を目指している。8月1日時点のEU全体のガス貯蔵率は70.2%で、このままロシアがガス供給を絞り続けると、その達成は困難となる。
現在の貯蔵量はEU全体で年間消費量の約19%、貯蔵率を90%に引き上げた場合、これが約24%に達する。備蓄取り崩しで賄えるのは数カ月分にすぎず、冬場の需要期ではひと月足らずで枯渇する。
EU加盟国は7月末、ロシアのガス供給停止に備え、来年春までにガス消費を少なくとも15%削減することで合意した。各国は暖房の設定温度引き下げや深夜の広告照明禁止など、国民にガス利用の節約を呼び掛けている。
一部の国はガスの入札制度の導入準備を進めており、企業にガス消費の削減を促している。ガス価格の高騰は国民の節約意識を高め、ガス需要の抑制要因となるが、それだけでガス不足を解消することは難しい。
ガス価格高騰は高インフレを継続させる。今後、ECBは景気とインフレの狭間で難しい決断を迫られる。その背景とシナリオを次ページからひもといていく。