上昇する物価と、上がらない給料、そして将来への先行き不安。そんな状況から「投資」を始めた人も多いのではないだろうか。しかし多くの日本人は「投資」と「投機」を混同している。「投資」は、短期間に株の売買を繰り返すことではない。選び抜いた企業のオーナーとなり、その成長を長い期間で楽しむのが「投資」だ。企業を選び抜くには、さまざまな分析と考察が必要である。その思考法が書かれたのが『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』(奥野一成)である。「投資家の思考法」を身につければ、投資はもちろん、あなたのビジネスも成功に導かれるはずだ。

平均年収が2000万円を超える日本企業を知っていますか?Photo: Adobe Stock

なぜキーエンスの平均年収は2180万円なのか?

 皆さんは、キーエンスという企業をご存じでしょうか?

 キーエンスは大阪に本社があるファクトリー・オートメーションの総合メーカーです。「今まで世の中になかった、新しい価値を創造することに挑み、商品を通じてお客様の課題を解決する」というコンセプトのもと、付加価値の高い産業機器などを開発しています。

 その需要は幅広く、世界46ヵ国230拠点、約30万社に貢献している企業です。

 当社に関して驚くべき定量的な特徴があります。その収益性が異常なほど高いということです。売上から原材料、製造費などの原価を引いた粗利益の売上に占める割合を粗利益率といいますが、この比率の5年平均が82.1%であり、この粗利益から営業に関わる人件費や販売管理費等を引いた本業の儲けを示す営業利益率が53.4%なのです。法人企業統計によれば、粗利益率、営業利益率の日本企業(金融保険業を除く全産業、資本金10億円以上)の平均は、それぞれ28.1%、5.8%ですから、比較すると同社がいかに高収益体質かおわかりいただけるでしょう。

 キーエンスの時価総額も驚くべきものです。2022年4月現在、トヨタ自動車、ソニーグループに次ぐ国内3位です。トヨタ自動車の連結従業員数が37万人、ソニーグループが11万人であるのに対し、キーエンスはわずか8000人です。それを考えれば、いかに高く評価されているかがわかるでしょう。

 さらに驚くべきことに、キーエンスの2021年度の平均年収は2180万円であり、日本企業の年収ランキングではトップの常連です。この30年間低迷している日本人の平均年収と比べるとため息がでるくらいです。

キーエンスが売っているのは単なる「モノ」ではない

 なぜ、これほどの差が生まれるのでしょうか? それはキーエンスが売っているものが、単なる「モノ」ではないからです。

 例えば、キーエンスが新開発した「蛍光顕微鏡」について説明しましょう。蛍光顕微鏡は、癌研究のラボなどで使用される顕微鏡の一種で、癌細胞などのサンプルに色をつけ、光を当てて観察するために使われます。従来の製品では、色彩を正確に観察するために暗室で見なければなりませんでした。暗室では手元が暗いためにメモも思うように取れませんし、議論もできません。つまり、従来の蛍光顕微鏡では、観察─メモ─議論─観察というプロセスを、暗室から出たり入ったりしながら何度も繰り返さなければならなかったのです。

 そこでキーエンスが開発した蛍光顕微鏡は、顕微鏡自体を箱で覆うことによって暗室そのものを不要にしたのです。この画期的なアイデア製品は、すべて電動で操作できます。反射光で観察する顕微鏡と比べて、サンプルの特徴を正確に把握できるクリアな画像が特徴。画像はモニターに映し出せるので、その場でディスカッションもできます。

 この例が示している通り、キーエンスが売っているものは、顕微鏡ではなく、プロセスの改善という顧客の満足なのです。これがもし顕微鏡を売るだけの企業だったら、自社でつくった商品の性能を一方的に説明して、顧客のためにできることはせいぜい値引きくらいでしょう。しかしキーエンスは、顕微鏡でサンプルを観察する手間や労力も含めたプロセス全体を改善することで、顧客が抱えているもっと大きな問題解決を提案することに成功したのです。

 顧客自身も意識していない問題を発見し解決するために、キーエンスの営業担当者は現場の細かいニーズまで探り出せるよう鍛え上げられています。入社2年目までは毎日、朝一番に先輩とロールプレイングを実施。一日5件以上は顧客訪問して、スケジュールは分刻みで記録し管理されています。訪問先で聞いた困りごとや要望は、営業担当者一人につき毎月1、2件、全体で約2000件以上の「ニーズカード」に書いて、商品開発部門に報告するシステムになっています。もはや「営業担当者」ではなく「コンサルタント」です。

 そして、大卒で入社した完全な素人が、2~3年の厳しいOJT(オンジョブトレーニング)の中で、顧客の工場や研究所などの現場で使用される財・サービスに特化した専門的なコンサルタントとなります。システマティックに養成される「仕組み」になっていることこそが、キーエンスが他の追随を許さない強みなのです。

 キーエンスが顧客に提供しているものは、単なる製品ではなく、顧客の問題解決です。キーエンスの営業担当者は、独自ノウハウによりシステマティックに養成された「コンサルタント」なのです。ここにキーエンスの並外れた収益力とその従業員の高給の秘密があるのです。

奥野一成(おくの・かずしげ)

投資信託「おおぶね」ファンドマネージャー

平均年収が2000万円を超える日本企業を知っていますか?

農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 投資家の思考法』『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(いずれもダイヤモンド社)など。

 

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