地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。
恐竜の世界の終わり
恐竜の世界は永遠に終わらないかのように思われた。
事実、白亜紀末に、インドでマグマ・プルームの噴出があったものの、恐竜の世界はいつまでつづいてもおかしくなかった。
プルーム噴出以外は、ジュラ紀と白亜紀をつうじて、地球は深い眠りについているかのようだった。
危機は空からやってきた
それに対して、白亜紀を終わらせた危機は、迅速かつ残忍で、しかも空からやってきた。
月の顔を見れば、衝突の傷跡が残っていることがわかる。
太陽系のほとんどの天体の固い表面は、微小なものから巨大なものまで、クレーターだらけだ。ちっぽけな小惑星でさえ、自分よりも小さな「ミサイル」の衝突を浴びせられて、クレーターでいっぱいだ。
そうした痕跡を消すことができるのは、表面を常につくり変えている天体だけなのだ。
クレーターの跡形
地球にも宇宙からの天体が何度も衝突しているが、クレーターがずっと残っていることは稀だ。
高密度の大気圏で燃え尽きずに残った、数少ない天体も、ほとんど傷跡を残さない。
風や天候、水、そしてもちろん生き物の活動によって、すぐにその傷跡が消されてしまうからだ。
ミミズがクレーターの壁を掘り進み、地下を掘り起こし、草木の根はクレーターの壁を割って粉々に砕く。海がクレーターを埋め尽くし、堆積物がクレーターを埋め、生き物たちがそこに侵入し、ついにはクレーターなど最初から存在しなかったかのように、跡形もなくなる。
たった一撃で…
だが、たった一撃で充分なのだ。
約六六〇〇万年前の小惑星の衝突により、恐竜の世界は突然終わりを告げた。
一夜にしてスターになるのと同じで、この衝突も長い時間をかけて準備されていた。
恐竜は、はるか前からロックオンされていたのだ。
およそ一億六〇〇〇万年前のジュラ紀後期、遠く離れた小惑星帯で衝突が起こり、現在バティスティーナとして知られている直径一三~三〇キロメートルの小惑星と、それぞれが直径一キロメートル以上、あるいはもっと大きな一〇〇〇個以上の破片の弾倉が生まれた。
破滅の前触れ
この破滅の前触れたちは、太陽系の内側に散らばっていった。
それから約一億年後、そのうちの一つが地球に衝突した。
北東の空から急降下してきたその天体は、大きさが直径一〇キロメートルほどあったと考えられ、現在のメキシコのユカタン半島の海岸に秒速二〇キロメートルで衝突し、地殻を突き破って融かした。
熱風と大津波
目がくらむような閃光につづいて、想像を絶する騒音をともなった時速一〇〇〇キロメートルの疾風が、カリブ海地域と北米のあらゆる生命体を破壊し、その後、熱風にのって全世界に「焼夷弾」が降り注ぎ、木々は松明と化した。
津波がメキシコ湾中の海水を引きずり出し、戻る波が、高さ五〇メートルの高さで海岸に打ち寄せ、一〇〇キロメートル以上も内陸に達した。
恐竜の大絶滅
衝突した天体は、太古から海底に残されていた、硬石膏を豊富に含む堆積物を貫通した。硬石膏は硫酸カルシウムの一種で、衝撃によって瞬時に二酸化硫黄ガスに変化した。
成層圏では、このガスが雲をつくった。
このガスと塵が太陽を遮り、世界は何年もつづく冬に突入した。太陽がふたたび澄み切った空に昇るころには、二酸化硫黄は強烈な酸性雨となってすすぎ落とされ、残った植物に傷をつけ、すべてのサンゴ礁を溶かしてしまった。
そのころには、飛べない恐竜はすべて姿を消していた。最後の翼竜たちも空から吹き飛ばされた。
海では、三畳紀のノトサウルス(偽竜)の後継者だったプレシオサウルス(首長竜)が、外洋性の恐ろしいオオトカゲ、モササウルスとともに滅んだ。
姿をあらわすほ乳類
また、イカやタコの殻をかぶった仲間で、海を巡航していた、トラックのタイヤほどもある巻き貝、アンモナイトも絶滅し、カンブリア紀にはじまった血統に終止符が打たれた。
結果として生じたクレーターの大きさは、直径一六〇キロメートルにもおよんだ。
しかし、生命は不死鳥のごとくよみがえった。全生物種の四分の三が絶滅に追いやられたが、生命はすぐにグラウンドゼロの爆心地に戻った。
三万年も経たぬうちに、海にはプランクトンが生息し、チョークのような骨格が海底に降り積もり、クレーターの跡を埋めていった。
継承者となったのは獣弓類の遠い末裔たちで、恐竜と同じように高い代謝を発達させたが、その使い道は全く異なっていた。
三畳紀以来、影に隠れていたほ乳類が、ついに白日の下に姿をあらわしたのだ。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)