情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、著者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第3回は2019年に刊行、正義とは何か、というテーマを小説仕立てで解説、大きな話題となり、今もロングセラーを続けている飲茶氏の『正義の教室 善く生きるための哲学入門』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

正義の教室 善く生きるための哲学入門(飲茶氏インタビュー#04)Photo: Adobe Stock

何が道徳的で、何が非道徳なのか

 哲学、正義というテーマを小説仕立てで語り、ロングセラーを続けている『正義の教室』。刊行以来、読者の間で議論が交わされていることがある。

 それが、衝撃のラストシーンだ。もしかすると、今の社会常識からすれば許されないと感じるかもしれないことを最後に主人公は選択する。実はそこで読者が感じることこそ、著者の飲茶氏が最も伝えたかったことだという。

「本書のラストを通じて、自分がどう感じたかを考えてほしいんです。そのときに、自分が感じたことが、その人にとっての正義だからです。『よし、いけ!』と思ったら、それがあなたの正義。『だめだ!よくない!』と思ったら、それがあなたの正義。それをしっかり自覚した上で、『本当にそれでいいの?』と自問してほしい。その上で、正義の一歩を踏み出してほしい」

 3つの正義の考え方、平等の正義「功利主義」、自由の正義「自由主義」、宗教の正義「直観主義」のうち、自由の正義の問題点として「当人同士の合意による非道徳行為の増加」について本書で語られているが、実は非道徳行為というのも簡単な言葉ではない。何が道徳的で、何が非道徳なのか、人によっても異なるし、もっといえば時代によっても異なってくるからだ。

「そこも含めて考えてほしいわけですが、一方で『正義って時代によって変わるよね』というのも、大人が話し合う場であれば、『でも、それって本当なの?』という問いかけもあるべきだと思っているんです」

 たしかに、1000年前でも「それはやってはいけないだろう」と思えるものもある。それは時代で変わってはいけないだろう、というものだ。

「人として生まれて人として生きている以上、絶対にやってはいけないことがあって、やっぱり正義って、本当にあるんじゃないの? という突きつけ方をしてみたいし、逆にそれをすごく信じ込んでいる人に向かっては、『え、それって本当なの?? 時代が変わったら変わらないの?』と突きつけてもみたいんです」

飲茶(やむちゃ)
東北大学大学院修了。会社経営者。
哲学や科学などハードルの高いジャンルの知識を、楽しくわかりやすく解説したブログを立ち上げ人気となる。日常生活に哲学的思考を取り入れてほしいという思いから、哲学サロン「この哲学がスゴい!」を主宰。著書に『史上最強の哲学入門』『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』『14歳からの哲学入門ーー「今」を生きるためのテキスト』(すべて河出文庫)などがある。

自らの正義を考え続けなければいけない

 衝撃のラストシーンは、たしかに常識外れのラストかもしれないが、だからこそラストに持ってきたというのだ。

「だから、あれが常識外れだと思う人には、『いや、それ本当なの? もしかしたら100年後、普通のことかもしれないよ』という突きつけ方をしたいし、あのラストがあれでOKと思っている人には、『え、それで本当にいいの? 大丈夫?』という突きつけ方をしたいんです」

 そしてそれは、最終的に主人公が出した答えでもある。

「何が正義かって、考え続けていかなければいけないのが人間でしょ、ということです。それをちゃんとラストシーンで表現してみたかったし、そこまで受け取ってもらえたら、初めて僕が書いたこの正義の本が伝わったな、と思っています」

 その正義を疑い続けよ、ということだ。それぞれが正義を持つことは構わないが、それを押しつけたところで結論は出ない。やるべきは、自らの正義を考え続けなければいけないということ。主人公は、こんなセリフも残している。

「そうか、わかった! 正義は、答えを出したらいけないんだ!」
(中略)
「やってはいけないこと、これは正義じゃないと思うことがひとつある。それは、事前に正義を決めつけることだ」

 安易に結論づけることがいかに危険か。人間は、考え続けなければいけないのである。

「だって、だってだよ。もし、たとえば、何らかの正義の公式や法則が見つかったとして……。人間がただその通りに従うだけだとしたら、それって本当に正義の行為と言えるだろうか。不運にもトロッコ問題に関わってしまった人がいて……、その人が暴走するトロッコと死にゆく他人を目の前に淡々と公式通りにレバーを操作したのだとしたら……僕はそんな風景のどこにも正義はないと思う」

自分や態度や生き方の中にこそ正義がある

 舞台となっている高校は、学校中に監視カメラが設置されている、という設定だ。背景にあるのが、いじめによる生徒の自殺。監視カメラというとネガティブなイメージを持つ人が少なくないと思われるが、果たしてそうなのか、と飲茶氏は問う。

「監視社会というと、警告するようなメディア報道も多いですよね。でも、僕は一度、監視社会に肯定的な態度を取ってみてもいいんじゃないかと思うんです。だって、実際にそれで行動が変わるから。舞台の高校でも、監視カメラが導入されて、いじめはなくなったわけです」

 監視社会のポジティブな面は、リアルな社会でも起きている。

「それこそ昔は、ツイッターでひどいことを発信していた著名人もいました。でも、今は炎上しますからね。ひどい発信はなくなった、これは監視社会の良い側面ですよね。合理的に正しいわけですから、社会は採用したほうがいい」

 ここでも、監視社会=悪という一方的な思い込みの危うさに気がつく必要がある。

「直観主義者の、時代とか人を超えた正義があるという態度自体はすごくいいことだと思うんです。でも、それを本当に真に受けてしまうと一人よがりになってしまうので、そこをどう乗り越えるか。正義を求め続けていることが素晴らしいんです。あなた自身の態度や生き方の中にこそ正義があるんです。人間がつかみ取れる正義というのはそれぐらいしかないし、むしろそうあるべきじゃないですか」

 これは、どんな哲学や倫理学の本にも出てこないメッセージだという。

「正義を決めてはいけない、とか、監視社会になったとしてもそれに関係なく自分が本当に正しいというものをきちんと目指して生きるべきだ、といった文脈は見たことがないですね。これは、小説を成り立たせようとした結果でもあるんです」

 正義とは何か。自分はどんな正義を考えてきた人間なのか。そこにどんな問題があるか。正義について、改めて強烈に考えさせられる1冊である。

(本記事は、『正義の教室 善く生きるための哲学入門』の著者・飲茶氏にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『子どもが面白がる学校を創る』(日経BP)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

【大好評連載】

第1回 いい大人が正義を語ると「ヤバい人」になってしまう理由

第2回 哲学は「理系思考」で考えると面白い!
第3回 「偽善者の仮面」が思わずはがれてしまう、たった一つの哲学的な問い

ツイッター炎上の意外なメリット、監視社会は本当に悪なのか?