情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、著者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第2回は2007年に刊行、大ベストセラーとなり、今でも定番書として読まれ続けている渡辺健介氏の『世界一やさしい問題解決の授業』だ。問題解決ブームの火付け役になった1冊。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹)

「あなたの順番を待つ必要はない」<br />自分から仕掛ける力を身につけるには?Photo: Adobe Stock

自ら社会実験を仕掛けてみた

 2007年の刊行から15年。国内50万部以上発行、世界25ヵ国出版のヒットになって、渡辺氏はどんな変化を実感しているのだろうか。

「あなたの順番を待つ必要はない」<br />自分から仕掛ける力を身につけるには?渡辺健介(わたなべ・けんすけ)
デルタスタジオ 代表取締役社長
イェール大学卒業。ハーバードMBA卒業。マッキンゼーの東京とニューヨークオフィスに勤務後、デルタスタジオを設立。著書の『世界一やさしい問題解決の授業』は国内50万部超、世界25カ国、15言語以上で発売の世界的ベストセラー。その他の著書に『世界一やさしい右脳型問題解決の授業』『自分の答えのつくりかた』(以上、ダイヤモンド社)がある。(https://whatisyourdelta.com/

「この本を通じて、問題解決力やロジカルシンキングという言葉が市民権を得ることに貢献できたのではないかと思います。そして、一人ひとりが仕掛けることで、世界はより面白く、より良くなっていくという空気を少しでも作れたのならうれしいです」

 中学生に伝わるように書きながらも、大人のビジネスパーソンにヒットしたことも、大きなプラスだったと語る。

「大人がまず自分のために買って読んで、子どもに読むように勧めるケースがたくさんあったと聞きました。この本が大人の読者ご自身の仕事で役立つことはもちろんうれしいです。しかし、それ以上に『読み書き算盤や学歴を得るための勉強がすべてじゃないですよね? みなさんはどのようにお子さんを育てたいですか?』という問題提起をできたのであれば、と思います」

 この出版自体、渡辺氏にとっては「仕掛けてみる」実践でもあった。

「無味乾燥だけれど、社会にとって重要なテーマを、ポップな力を使ってどう伝えていくか。その結果として、どうドミノを倒していくか。社会実験というか、仕掛けてみたわけです」

 書籍がベストセラーになったことで、1つ目のドミノは間違いなく倒れたのだ。

あなたの順番を待つ必要はない、というメッセージ

 渡辺氏は本を出した年に起業し、デルタスタジオ社長の肩書きを持つ。子ども向けの教育事業と企業向け人材育成・経営コンサルティング事業を展開している。

「ある大手企業でずっと研修を行っているんですが、15年前は『ロジカルシンキング、問題解決って聞いたことがある人?』と聞いても、ほとんど手があがらなかった。ところが、7年前くらいからほぼ全員の手があがるようになりました。これくらい変わったということですよね」

 問題解決という言葉は、かなりのスピードで認知されていったのだ。

「研修後に『私、中学生のときに読んだんです!』とかけ寄ってきてくれる人もたくさんいます」

 実はインタビューでは、この本で最も伝えたかったことは何か、という質問を置いていた。渡辺氏はこう語った。

「英語で言えば、“Don’t wait for your turn” あなたの順番を待つ必要はない、ですね。多くの人は課長になったら…、部長になったら…、社長になったらと…、とある肩書や権力を手に入れてこそ初めて仕掛けることができると思いがちです。しかし、歳をとると、人はどうしても守りに入ってしまう。爆発力があり、失うものも少ない若い人たちにこそ仕掛けてほしいです」

 何か仕掛けよう。受け身でずっと待っているのはやめよう。爆発力を使って自分が興味あることに挑んでいこう。そんな社会になってくれたら、と考えていたのだ。

「その意味では、この本のおかげとは言いませんが、優秀な若い人たちがどんどん仕掛けるようになりましたよね。私の後輩でも、30代前半で遠隔医療事業やデュアルライフのためのサブスク事業などを起業するような人たちがたくさん出てきています。これは、本当に素晴らしいことだと思います」

人は育つ、社会は変わるという実感

 ベストセラー本の出版、そして15年間の教育現場での一連の経験を通じて、渡辺氏は「人は育つ、社会は変わるという実感」を得たと語る。まず、生徒たちが自分の想像以上に成長していることを体感している。

「この間、小学校6年生の女の子の生徒が、象牙のために密猟される象が可哀想ということで自らエコバックとバッジをデザインし、クラウドファンディングを立ち上げて27万円を集め、寄付したんです。この仕事をしてきて本当によかったなと思える経験でした」

 そしてもう一つ、社会が変わるという実感が、これだ。

「2022年から文科省の指導要領に『探究学習』が組み込まれたんですが、これはまさに我々が重要性を訴え続けてきた問題解決型のプログラムなんです。愚直に仕掛け続ければ社会は変わるんだと実感しました」

 15年間の活動を通じて、とうとう国の政策のドミノも倒れたのである。

「でも、まだまだこれからです。教育は百年の計ですから、じっくりこのテーマに取り組んでいきたいと思います」

 問題解決という言葉は、本当の意味で日本にすっかり浸透し始めたのかもしれない。そして、これからより一層重要性が増すことが予想される。だからこそ今も、問題解決を学ぼうと『世界一やさしい問題解決の授業』が売れ続けているのだ。

上阪徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『子どもが面白がる学校を創る』(日経BP)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

【大好評連載】
第1回 日本とアメリカの教育の違いが教える「自分の頭で考える」ということ
第2回 どうすれば日本から「シェリル・サンドバーグ」を輩出できるか?
第3回 「刊行から15年経っても大人気」ベストセラー書が教える問題解決で一番大事なこと

「あなたの順番を待つ必要はない」<br />自分から仕掛ける力を身につけるには?