頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。
世の中には、ジレンマの枠組みを利用し、意図的に選択肢が2つだけしかないように見せかけて、自分の都合のよいように相手を誘導しようと試みる、という例がある。
実際に問題を解きながら、この手法を見抜けるようになろう。
問:決断を迫るブッシュ大統領
2001年9月11日の米国同時多発テロ事件を受けて、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領は、各国に次のように呼びかけて賛同と協力を求めた。
あらゆる地域のあらゆる国家はいま決断を下さなければならない。われわれの味方になるか、それともテロリストの側につくか、だ。
――この発言によりブッシュがどのように各国を誘導しようとしているかを、ジレンマという観点から説明せよ。(※1)
どのようなジレンマが生じているか
米国はここから、アフガニスタン戦争、そしてイラク戦争へと続く、いわゆる反テロ戦争に踏み出していくことになった。ブッシュ元大統領の発言はまさに歴史の転換点を象徴する呼びかけだったのだ。
実は、そこにはある種のトリックが仕掛けられている。見抜けただろうか?
このブッシュの問いかけも、ジレンマの一種であると言える。だとすると、選択肢は2つだ。
選択肢A:米国の味方をする
選択肢B:テロリストの側につく
テロリスト側につく、選択肢Bを選ぶのは難しい。
かといって、選択肢Aは、米国の軍事行動も認めるような含みをもつことになる(とくに、当時の米国は好戦的な雰囲気に包まれていた)。
つまり、こちらも必ずしも望ましいとは言えない。
偽りの二分法を見抜く
ブッシュのトリックはそこにある。こういったものを「偽りの二分法」といったりもする。
本当は別の選択肢もあるはずなのに、あたかもAとBの2つしかないように見せかけるのだ。
「自分の味方かテロリストの味方か、どちらかしか選べない」かのごとく述べることで、だったら当然、米国側につくでしょ、というように誘導しているわけだ。
そうして、「味方につくか、さもなければ敵だ」つまり、白か黒か、のような発想を持ち出し、複雑な問題をきわめて単純な話に還元してしまう。
似たような状況として、程度差があるのに「オール・オア・ナッシング」で考えてしまうというのも挙げられる。
「神を信じるなら、聖書の記述はすべて信じなければならない」といった考え方だ。
創世記に出てくる天地創造やノアの方舟の話を、一言一句文字通り真実として受け入れよ、と迫るわけだ。
でも、神を信仰しつつも、そうした話はあくまでもメタファーなんだ、とも捉えられる。(※2)
すぐに答えを出さず、グッとこらえる
この「偽りの二分法」は、意図的かそうでないかにかかわらず、しばしば同様の主張をしてしまうこともある。
さらに、気づかないうちに自分で自分をジレンマに陥れてしまう、ということさえあるので気をつけたい。
この問題の場合、冷静に考えると、第三の選択肢もあるのではないか、と思えてくる。
たとえば選択肢Cとして、この件については中立を守る、テロは非難するけど米国のいきすぎた行動をたしなめようとする、といったものだ。
ジレンマの検討を通じて他の選択肢を探ってみるのは、「ゆっくり」考えるためにも重要なトレーニングになるのだ。
(※2)以下を参考にした。Johnson, D. K. (2018). All or nothing. In R. Arp, S. Barbone, and M. Bruce, eds. Bad Arguments: 100 of the Most Important Fallacies in Western Philosophy . Wiley-Blackwell.
(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)
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1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。