専門家もリスペクトする経済学賞の選考
研究の引用件数のみの判断は間違い

ノーベル経済学賞の選考がとてつもなくすごい理由、受賞者予想の達人もリスペクト!安田洋祐(やすだ・ようすけ)
大阪大学大学院経済学研究科教授。1980年東京都生まれ。2002年に東京大学経済学部卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し経済学部卒業生総代となる。米国プリンストン大学へ留学して07年にPh.D.(経済学)を取得。政策研究大学院大学助教授、大阪大学准教授、リスボン大学客員研究員などを経て、22年7月より現職。専門はマーケットデザイン、ゲーム理論。American Economic Reviewをはじめ、国際的な経済学術誌に論文を多数発表。新聞・雑誌への寄稿やテレビ番組出演などを通じて情報発信にも取り組む。朝日新聞論壇委員会、政府系審議会の委員などを歴任。2020年6月にEconomics Design Inc.を共同で創業。

――ノーベル経済学賞の特徴を教えてください。

安田 ノーベル経済学賞が他の5つの賞と違うところは、スタートしたのは1969年と遅いんですよね。他の賞は1901年から始まっています。また、お金の出所も違います。他の賞はノーベル財団ですが、経済学賞はスウェーデン国立銀行がお金を出しています。スポンサーが違うということですね。

坂井 そこで、「ノーベル経済学賞はノーベル賞ではなく、スウェーデン(国立)銀行賞だ」という批判が見られますが、かなり権威主義的な言い方です。ノーベル賞が、あたかも真に素晴らしい学問を決める、大変な権威だと認めた上での発言ですよね。お祭りですからね、どの賞も。

安田 お祭りと割り切って、われわれも踊ってみようってことです。他に触れておきたいのは、日本人受賞者がいないんですよね。これはノーベル賞の中で唯一の例外になっています。

 また、他の自然科学の賞と比べて、受賞年齢はやや高めです。大きい理由は、経済学や社会科学は、正しさを立証するのが難しいことです。時の試練を待つ必要があるので、業績が出てから10年以内の受賞ってまずないですよね。どんなに早くても20年近くはかかります。

 もう一つ大きな特徴は、歴代受賞者の国籍や出身研究機関を見ると、かなりアメリカに傾斜しています。現時点で約7割が、アメリカ国籍取得者です。

(歴代受賞者は)男性にもかなり傾斜しています。過去に、女性として受賞したのは2人だけです。2009年のエリノア・オストロムと、19年のエスター・デュフロ。ちなみにデュフロは、46歳で受賞したので、歴代最年少です。デュフロが最年少記録を更新する前は、ケネス・アローが、それまで歴代最年少の51歳で受賞しました。デュフロはそれを、女性かつ最年少ということで2つ更新しました。

坂井 僕はノーベル経済学賞というのは、非常に真面目に選んでいると思うんですよ。社会情勢がこうだから、社会にこういうメッセージを発したいからというような、賞として不純なことを経済学賞は一切していないと、とても強く確信しています。

――どのようなときに、非常に真面目に選んでいると実感しますか。

坂井 プロの学者から見て、この人は本当に偉大な貢献したという人がきっちり選ばれます。

 今は名前が変わったかもしれないですけど、トムソン・ロイターという、論文の引用件数でノーベル賞を予測する団体があります。的外れなんですよね。

 論文の引用件数で、学問の偉大性は全然測れないんですよ。専門家は、それがよく分かっている。ノーベル経済学賞は、引用件数の多さで、賞を与えるわけではありません。引用件数以外の本質的な価値を見ているので、僕はノーベル経済学賞をリスペクトしています。

安田 本質的な価値については、真相は選考委員以外には分かりませんが、個人的に考える、どのような要素が評価されるのかという基準が3つあります。新規性(新しさ)と無謬性(正しさ、間違っていないこと)と、有用性(社会にどれだけ貢献しているか)です。

 引用件数が多い論文の方が、傾向としては、新しい発見が多かったり、役に立つものが多かったりがあるかもしれませんが、完全にはリンクしていませんよね。

 伝統的に、新しい理論やツールを開発した人の受賞が、とても多いです。だから、新規性なんですよね。論文の引用件数は、新しいものを生み出した人ももちろん引用されるんですけど、その後使いやすく改良した人や、拡張した人も引用されます。ただ、そのような人たちが受賞しているかというと、そうではない。選考委員はきちんと、0から1を生み出した人を発掘しようという意思を感じます。

坂井 そうなんですよね。2007年に、これは僕や安田さんの分野ですが、メガニズムデザインが受賞分野になりました。あのときに、ハーヴィッツ(レオニード・ハーヴィッツ氏)とマスキン(エリック・マスキン氏)とマイヤーソン(ロジャー・マイヤーソン氏)が選ばれました。

 ハーヴィッツが選ばれるのは、すごくよく分かる。明らかに分野の創始者だから。でも、マスキンの研究の良さっていうのは、本当に玄人でないと、よく分からないと思うんですよ。でも、それをきっちり評価して、賞を与える。

 マイヤーソンの受賞理由の一つは、オプティマルオークションでした。ノーベル賞が出る前、この研究の引用件数は、1000件ちょっとだったんです。

――1000件は、どれぐらいの水準ですか。

坂井 1000っていうのは、もちろん、1本の論文が1000回引用されるのは多い水準ですが、ノーベル賞を取るほどの数ではないですね。ノーベル賞を取る研究は、引用件数が1万件近いこともざらにあります。

安田 引用件数に関して言うと、マスキンやマイヤーソンは、かなりハードコアな理論なので、一般論としてはあまり引用が伸びない傾向にあります。

 ちなみに、ギネスブックにも載っていますが、マスキンが住んでいた家は、最も多くノーベル賞受賞者を輩出した家として知られています。

坂井 へえええええ(笑)。

安田 最初にこの家に住んでノーベル賞を受賞した人は、アインシュタインです。1921年にノーベル物理学賞を受賞しています。その後、ちょっと時期は空きますが、2004年には、フランク・ウィルチェックがノーベル物理学賞を受賞しています。ウィルチェックも同じ家に住んでいました。その後、マスキンが2007年にノーベル経済学賞を受賞して、歴代で3人の受賞者が住んでいた家ということになります。

坂井 安田さん、その家を見たことはありますか。

安田 あります。僕が留学したのはプリンストン大学ですが、その家はプリンストン大学から近い場所にあるので、大学から歩いて行けるんですよ。プリンストンの、隠れた名所です。

 後編『ノーベル経済学賞予想のW達人が今年の受賞者を大胆予想!マニアック過ぎる分析で的中なるか』では、ノーベル経済学賞予想のW達人による今年の受賞者予想をお届けする。

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