地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)から「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者から推薦されている。本書の発刊を記念して、内容の一部を特別に公開する。
南極大陸の移動
大陸移動のコレオグラフィー(振りつけ)は、いつ止むとも知れぬほどゆっくりしていた。
およそ三〇〇〇万年前までに、南極大陸はパンゲア大陸(※数億年ごとに大陸は集合して1つの超大陸になる)から抜け出して、周囲を完全に海に囲まれるほど、はるか南へと漂っていった。
このたった一つの出来事が地球の気候に与えた影響は甚大で、長期におよんだ。
南極に降り積もる雪
はじめて、海流がこの新しい大陸のまわりを途切れずに渦巻くことができるようになった。
この海流は、熱帯で暖められた海水が、当時は温暖だった南極大陸の海岸にたどり着くのを阻んだ。地球上でも有数の威風堂々とした山脈、木に覆われたギザギザの歯みたいな南極横断山脈に冷気がたれこめた。
そうこうしているうちに、ある年、冬のあいだに降った雪が次の春までに完全に融けきらず、一年中、地面に積もったままになった。
とぎれることのない闇
さらに、雪の上にまた雪と、何世紀にもわたって雪が降り積もってゆき、圧し潰され、融けることのない永続的な氷になった。高いところにある渓谷に氷河ができた。
南極大陸が南へ南へと漂ううちに、真夏に昇る太陽はどんどん低くなり、冬の夜が長くなっていった。ついに、冬に太陽が全く昇らない年が訪れ、南極大陸は六ヵ月間、とぎれることのない闇に包まれた。
氷河は大きくなり、自らを育ててくれた渓谷の山並みに覆いかぶさってそびえたった。氷の壁は低地へと突進し、行く手にあるものをすべて消し去った。
乾燥した「氷の砂漠」
海岸線も妨げにはならなかった。氷は海のなかへと前進しつづけ、海の上に氷の棚をつくり、氷山を放ち、さらに遠くの周辺海域をも冷やしていった。
数百万年のうちに、かつて青々と緑が生い茂っていた大陸は、乾燥した氷の砂漠と化し、あまりにも厳しすぎて、地衣類やコケ類などの、もっとも原始的な生命体以外は生息できなくなっていた。
それさえも、いちばん生育条件のよい、北向きの小さな陸の端っこだけにかぎられていた。
はるか北でも同じようなことが起きていたが、南とはおもしろいほど対照的だった。
北方の大陸たちは、北へ向かって漂いつづけており、北極海を取り囲んで、南からの温かい海水をほとんど届かなくした。
「ジャングルの惑星」の終わり
はるか南の陸地を覆う、ずっと大きな氷を真似るかのように、北の海に永続的な氷冠ができはじめた。何百万年ものあいだ、極に氷が全くなかった地球に、永久的な氷冠が戻ってきたのだ。
その影響は世界中におよんだ。
かつて世界は、ほぼどこでもほどよく暖かかったが、両極地と熱帯地方のあいだで気候の差が激しくなっていった。
風が吹きすさび、気候はもっと変わりやすく、季節性を持ち、涼しくなった。
それは、最初の霊長類たちが故郷と呼んだ、ジャングルの惑星に終止符を打った。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)