それでも習近平の
権力基盤が強固な理由

 では、なぜそれでも習主席が異例の3期目に入り、その権力基盤がますます強固になっているのだろうか。

 10月の中国共産党大会では、習主席が建国の父である毛沢東と並ぶ地位であることが確認された。これは習主席一人に権力を集中させ、毛沢東のときのような「個人崇拝」を復活させるための呼び水だろう。

 習近平指導部は2021年に学習塾を禁止して、小学生から高校生までの必修科目として、「習近平思想」を教えることを義務付けて、小学校から大学院までの各教科書には学習目的として「習主席のため」という文言が記されているという。

 だが、『中国“一帯一路”失敗だけではない、「バブル崩壊が間近」の理由』でも述べたように、中国経済のメルトダウンはすでに始まっている。たしかに徹底した監視体制の下で大規模デモの芽をつぶすのは当面は可能だろうが、それにも限界がある。人民の不満が爆発してデモが全国規模になれば、歯止めが利かなくなる可能性がある。結局、習主席の個人独裁を強化することでしか、今の中国を安定させる方法がないというのが実態だろう。

 習主席続投の正統性を生んでいるのが、汚職の撲滅と貧富の格差の是正だ。つまり、経済成長による果実より、現在の果実を広く人民に行き渡らせることができるトップとして、習主席が人民に信任されているという面がある。

 2013年に習近平氏が国家主席になったときは、胡錦濤・温家宝コンビによる鄧小平以来の開放路線を継承すると考えられていた。だが、2014年に中央国家安全委員会を設置して自らがトップに就き、外交・安全保障を含む重要政策をトップダウンで行うことを可能にし、権力の集中を図り始めた。

 それでも李克強首相をトップとする国務院が経済政策を進めることに変わりはなかったのだが、中国の経済成長の停滞が目立ち始めた2017年には、習主席自らスマートシティ構想「雄安新区」(河北省)を主導するなど、経済政策の主導権も習主席に移行し始めている。これは、習主席が根本に持つ社会主義思想が、鄧小平の継承者である李首相の考えと相いれなかったためだろう。

 中国経済がグローバリズムから国内回帰し始めたきっかけは、アメリカにトランプ大統領が誕生して苛烈な貿易制裁を受けたことであるが、習主席はアメリカ経済はやがて行き詰まり、経済においても中国の時代がやってくるといった考えを表明している。習主席はマルクス・レーニン主義を信奉しており、政治においてはレーニン主義的に規律を求め、経済においてはマルクス主義的に資本主義を乗り越える社会主義経済を求めてきた。

 いくら李首相の経済政策が経済成長に寄与しようと、それではアメリカの追従でしかなく、習主席が求める理想はいつまでたっても実現できない。鄧小平が毛沢東のマルクス・レーニン主義を捨てて導入した「資本主義」を、乗り越えるべき対象として捉え直したのだろう。だからこそ、経済においても自由経済を否定して、計画経済による「秩序ある競争」を進めていると考えれば、習主席の政策は理解できる。

 習主席が個人独裁を進めるのは、彼の理想をかなえるためには不協和音があってはならないからでもある。だからこそ、汚職撲滅のかけ声の下、政敵を次々と粛正して、自分に刃向かう人民を拘束して再教育を与えてきたのだろう。

 もはや主だったライバルがいなくなった習主席にとっての「目の上のたんこぶ」は長老のみとなったが、その筆頭の一人とも言える胡錦濤氏については、前述の通り「大会会場から強制退席」という事態が起きている。マルクス・レーニン主義が正しいとされる現在の習近平下にある中国で、長老たちが経済効率を盾に習路線を止めるのは絶望的だろう。

 しかし、習主席がいかに理想に燃え、権力基盤がいくら強固になり、監視体制がいくら強化されても、経済の低成長が続けば、社会にひずみが広がり、人民の不満が高まることは避けられない。

 中国人民や中国人エリートたちが、イデオロギーの権化と化した習主席にどこまで付いて行けるのか。これからの5年間はその壮大な実験場となる。

(評論家・翻訳家 白川 司)