英国の「50日で首相交代」が恥ではない理由、中国と比べると一目瞭然だLeon Neal/gettyimages

英国のリズ・トラス前首相が、わずか50日でスピード辞任した。首相交代が頻繁に起きたことで、「英国政治は迷走している」とみる向きもある。だが筆者は、首相の間違いを国民が短期間で見抜いて交代させた英国の体制は恥ずべきものではなく、むしろ「健全」であると評価している。昨今の中国の動きと対比しながら、英国の自由民主主義体制の優位性について解説する。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

英国の「頻繁な首相交代」は
恥ではなく健全である

 英国で10月下旬、ここ4カ月間で2回目となる保守党の党首選が行われた。

 結果は、元首相のボリス・ジョンソン氏をはじめとする他候補が出馬を断念したため、元財務相のリシ・スナク氏が無投票で当選した。スナク氏は、バッキンガム宮殿で国王チャールズ3世の任命を受け、新首相に就任した。

 前首相のリズ・トラス氏は、7月にジョンソン氏が辞任した後に首相に就任していたが、わずか在任期間50日で辞任。トラス氏の在任期間は英史上最短記録となった。

 トラス氏は経済危機が広がる中、大規模な減税や財政出動を伴う政策パッケージを打ち出したが、財源の裏付けがないと厳しい批判を受けた。株価は急落し、支持率も7%まで低下したことで、辞任を余儀なくされた。

 2016年6月のEU(欧州連合)離脱の是非を問う国民投票の実施以降、英国では首相交代が繰り返されてきた。スナク首相は、過去6年間で5人目の首相である。

 元首相のうち、テリーザ・メイ氏、ジョンソン氏、トラス氏の3人はいずれも総選挙での敗北ではなく、保守党内の反対派に引きずり下ろされる形で辞任した。

 頻繁な首相交代は、英国政治の迷走ぶりを露呈し、信頼を傷つけているとメディアなどで批判されている。

 自由民主主義国家の指導者の基盤の弱さを示すものであり、世界的に広がる社会の分断や、大衆迎合主義(ポピュリズム)に対応する能力を欠いているという批判もある。自由民主主義社会は危機に陥っているという論調も多く見られる。

 しかし、私はそれらの論調にくみするつもりはない。英国の首相交代劇はむしろ、自由民主主義のシステムが、危機的状況において健全に機能していることを示しているからだ。