個人も組織も、学ぶことは大切ですが、もはや、それだけで十分ではありません。ビジネスでも、スポーツでも、同じスキルや戦略が、そういつまでも通用はしません。常に何かを学びなおさなければいけない時代になっています。その時代のキーワードこそ、アンラーンです。学びなおす力であるアンラーンを妨げるのは、過去に達成するのに役立ったが今では限界に達している行動や方法、つまり「成功体験」だったりします。セリーナ・ウィリアムズからディズニー、アマゾン、テスラ、グーグル、NASA…事例満載でアンラーンの全貌がはじめてつかめる本、『アンラーン戦略 「過去の成功」を手放すことでありえないほどの力を引き出す』(バリー・オライリー著、ダイヤモンド社刊)から、アンラーン戦略の重要ポイントを紹介していきます。(監訳:中竹竜二、訳:山内あゆ子)

最強テニスプレーヤーPhoto: Adobe Stock

セリーナ・ウィリアムズの抱えた疑念

 2010年のシーズンのはじめ、テニス界のスーパースター、セリーナ・ウィリアムズは、キャリアの絶頂にあった。女子テニス界の世界ランキングは1位。それが、ミュンヘンのレストランへ食事に行ったときに、誤ってガラスの破片を踏んでしまった。傷口を18針縫ったものの、翌日のエキシビション・マッチには出場した。だが、シーズンの残りは戦線離脱せざるを得ず、この年の世界ランキングは4位で終えることになった。

 翌2011年の前半は足のケガ(および肺塞栓症と血腫)で休み、その後戦線に戻った。この年、シングルスでは22勝し、負けはたったの3回。しかし、そのうち2回はウィンブルドンでの4回戦敗退と全米オープンでのストレート負けで、全豪と全仏オープンは欠場を余儀なくされた。この年の世界ランキングは12位で終わった。

 もちろん、こうした結果はシーズン中の一時的な挫折にすぎないが、セリーナの転落は翌年も続いてしまう。2012年には全豪オープン4回戦で、世界ランク56位のエカテリーナ・マカロワに敗れる。

 だが、すべてが崩壊したのは、このシーズン2度目のグランドスラムである、全仏オープンでのことだった。世界ランク111位のビルジニ・ラザノに1回戦で敗退したのだ。セリーナが四大大会の1回戦で敗退したのは、これが初めてだった。ニューヨーク・タイムズ紙はこの敗北を「近年の全仏史上もっとも予想のつかない衝撃的な番狂わせのひとつ……」と記した。

 セリーナの脳裏では疑念が渦巻き、それがパフォーマンスにも影響した。これまでやってきたことはすべて実践している。より長くハードなトレーニングをこなし、準備は完璧だった。それなのに、これまで成功をもたらしてくれた何もかもが役に立たず、勝つことができない。

●どうして実証済みの方法に効果がないのか?
●どうして勝てないのか?
●もうトップの時期は終わったのか?

過去にとらわれてしまう人々

 誰の人生にも、こうした時期が必ずやってくる。これまで成功をもたらしてきたことを実践しても、もはや同じ結果が出ない。いつものように、朝起きて、会社に行き、机に向かう。だが、突然行き詰まり、停滞し、不満を感じ、かつては成功の秘訣だったことで苦労するようになる。

●どうして自分の期待に応えられないんだろう?
●なぜこんな簡単なことが解決できないんだろう?
●どうしていつも特定のことにチャレンジしようとしないんだろう?

 そんなふうに自問するようになるかもしれない。

 世界は進化し、状況は変わり、新たな基準が生まれる。人はそれに適応せず、これまでどおりの思考や行動のパターンにしがみつく。最悪の状態になるまで、新たな状況という現実に気づきもしない人が大半だ。

 これが「成功のパラドックス」だ。ある思考や行動が、いったんは成功をもたらす。だが、同じ方法が将来も成功をもたらし続けることは、ほぼありえない。これを解決する鍵は、その兆候を認識し、手遅れになる前に突破することだ。一度は成功をもたらした戦略が、破滅の原因になってしまう。過去にとらわれず、修正し、適応する必要がある。

 でも、どうやって?

「何を捨て去るのか」がポイント

 本書を書こうと思い立ったのは、優れた実績を出している人たちがさらに成長できるよう手助けをしているあいだに、改善を妨げている重大な要因に気づいたからだ―それは新しいことを学ぶ能力ではなく、一度は効果があったものの、今は成功の邪魔になっている考え方や行動、やり方を捨て去ることができない、ということだった。

 きわめて優秀なリーダーになる人は、常に新しいひらめきやアイデアを求めている。だが、本当にブレークスルーをする前に、まずは一歩下がって、自分たちの可能性や能力を封じ込めている古い形式や考え方、習慣を捨て去らなければならない。今後も成功し続けるためには、過去に成功をもたらしたものを手放す、つまりアンラーンしなければならないのだ。

 本書では、私が提唱する〈アンラーンのサイクル〉が新しい考え方であり、かつ、さまざまな業界の組織を率いるうえでも新しい方法になることを示す。より多くを学ぶことが難しいのではない。難しいのは何をアンラーンするかであり、何をやめればいいのか、何を捨て去るかなのだ。

 誰でも成長し、影響力を持ち、並外れた成果を出すことができる―私が何度も目にしてきたように。並外れて優れた人は、偶然や運によってではなく、継続的かつ定期的に―ときには意識的に、多くは無意識のうちに―アンラーンを行う習慣を体系的に取り入れることによって成功している。この強大な力を、ぜひあなたも手にしてほしい。

 アンラーンとは、かつては役立ったが、今は成功を阻害するようになった考え方や行動を手放し、新しい考えや行動に改めるプロセスのことだ。これまでに得た知識や経験を忘れたり、捨て去ったりすることではない。時代遅れになった情報や行動を意識的に棄却し、効果のある意思決定や行動をするための新しい情報を取り入れるのだ。