アーキテクチャのポジショニング・
ポートフォリオ戦略との融合

――日本企業の今後の戦略は、どう考えるべきですか。

 これまで述べたように、国内製造業の地上戦での強さが、30年かけて徐々に回復してきたことを前提とするなら、日本企業が考えるべき戦略は、論理的には、地上の強みを出発点とする上空戦略、低空戦略、地上戦略の3つということになります。実際、実践的にも実証的にもそのようになっていると思います。

上空戦略

 本社の戦略構築力と現場の能力構築力を持つ有力日本企業は、上空に君臨するグローバルなメガプラットフォーマー(MPF)や有力補完財企業に対し、自社が設計の比較優位を持つ高機能で設計が複雑な製品・部品・装置(中インテグラル型)を、自社標準(外モジュラー型)で売り切る対上空のアーキテクチャ戦略を取れば、高利益・高成長を実現できます。図表2の(2)です。これは、連載1回目で示した図の再掲です。

 
 例えば、ソニーのCMOSセンサーや村田製作所のコンデンサなど、スマホ用の高性能電子部品の一部において、日本企業の「上空戦略」は成功しています。長年培ってきた生産・開発現場の統合型ものづくり組織能力が、それを支えています。

 日本企業はGAFAにはなれないとしても、GAFAに自社標準品を売り切ることにより、上空のGAFAから高利益・高成長事業を奪取することが可能であることを、これらの実例は証明しています。

地上戦略

 日本の有力企業が「地上」の物財生産において「設計の比較優位」を持つのは、インテグラル(擦り合わせ)型アーキテクチャの製品ですが、それらは概して標準部品の大量生産ではなく、多品種の専用設計部品を、10個、100個、500個、20個…と変動するロットサイズで、分岐合流の中で流す「変種変量変流生産」の生産ラインになりやすいのです。

 この種の変動の激しい工場では、仕掛品の流れの停滞がいつ、どこで発生するかの予想が難しく、無理に稼働率を上げれば、仕掛品の「渋滞現象」により、たちまち生産リードタイムの延長や納期の遅延が発生します。

しかし、こうした複雑な流れの予測や制御には、すでに説明したような、時空を超えるサイバーフィジカルシステム(CPS)が活用できます。

 つまり、今後、日本企業の国内工場が競争優位を持てるのは、中国などで増えると思われるシンプルなモジュラー型製品を量産する「遠隔操作型スマート工場」ではなく、現場に多能工のチームが残り、各種センサー、自動機器、人工知能(AI)、CPS、ローカル5G、大型モニター、デジタルツインと現場密着のコックピット、そして多能工のチームなどが連動して、複雑な流れを、辛くも流し切る「協働型スマート工場」でしょう。

 仮に、工場の建屋を1階(生産現場のある物理制御層)、2階(流れ全体を統御する管理・実行層)、3階(工場経営陣が指揮する計画層)に例えますと、日本の有力企業の協働型スマート工場では、「1階」の現場ではチームリーダーや多能工が一緒になって協働作業をしていますが、それだけではなく、デジタルツインやコックピットが、「2階」の生産管理課だけではなく、「1階」の製造課にも下りてきていて、生産工程の不測の事態に即座に対応します。

 製造部のチームリーダーが生産ラインサイドのコックピットのモニターを見ながら、「仕掛かりの渋滞が始まったね。A工程で30分後に滞るのではないか。今のうちに1人、応援に行ってきてくれないか」などの会話が飛び交い、変種変量変流生産の流れ停滞のトラブルを事前あるいは即時に解消するのです。

 これに対して、私が見てきた中国のドイツ系企業の遠隔操作型スマート工場では、1階にはコックピットらしきものはなく、もっぱら2階のコントロールルームで、シンプルな製品の大量生産の流れを常時遠隔監視しており、1階の生産現場は、2階からの指示に従うだけでした。

 つまり、ここで示した地上戦略は、まさに多能工のチームワークの強みを生かしたサイバーフィジカルシステムであり、日本企業の変種変量変流生産における「協働型スマート工場」です。

低空戦略

 最後に、「上空」と「地上」を結ぶ「低空」層を見ましょう。日本の有力な生産財企業(アセットメーカー)は、従来、インテグラル型の高機能生産財で設計の比較優位を持ち、地道なものづくりともの売りによって、顧客企業に対して、高いアセットシェア(設置台数シェア)や強い顧客信頼関係を構築してきました。

 そのため、顧客企業(アセットユーザー)が「地上」にある自社アセットのコントロールデータを集めてためる時代になると、アセットメーカーは、顧客信頼関係によって、アセットユーザーのコントロールデータを共有させてもらうことで、そこから流れ改善の「低空ソリューションビジネス」を展開するチャンスが出てきます。それにより、そうした顧客信頼関係のない、外国のメガプラットフォーマーなどに対して参入障壁を築くことができます。

 図表2では(3)の領域がこれに対応します。実際、FA画像センサーのキーエンス、建設機械のコマツ、防犯センサーのオプテックスなどは、多くの顧客群とデータを共有し、「地上」の画像認識データやコントロールデータを、「低空」の即応系や「上空」のネット・クラウド・アプリ系と結びつける「低空型ソリューション」を提案しています。そしてこれにより、顧客と継続的な関係を構築し、高い利益率を実現しています。

 さらに、複数のアセットメーカーが企業を超えたデータプラットフォームを構築し、顧客の現場と常時接続し、顧客の商売プロセス全体を改善し、顧客を勝たせるソリューション指向の低空戦略が有効です。ただし、この場合、競合企業との非競争領域での連携が苦手な点が、日本企業の課題です。 

 いずれにせよ、多くの日本の有力企業の従来の強みは、「地上」のクローズド型の物財を地道に作り、売り、アフターサービスしてきたことによるアセットシェアや顧客信頼関係だったのですから、論理的に筋の通った「低空戦略」は、地上から攻略することです。すなわち、「良いもの(競争優位製品)から、良いコト(顧客本位のソリューション)を生み出す」ことです。

 巷間、「モノからコトへ」と称して、既存のものづくり・もの売りの強みを否定し、単純にサービス産業への移行を勧める論説が見られますが、これは、「良いものを、良い環境下で、良く操作することによって、良いコトが生まれる」という、モノとコトの間の当たり前の因果関係を無視しており、その意味で誤りという他ありません。

*第3回に続きます。