パン作り写真はイメージです Photo:PIXTA

養護学校卒業後の知的障がい者は、就職や仕事の継続が難しく、社会から孤立してしまいがちだ。障がい者が社会のなかで自立して行きていける地域社会を目指して、退職金をすべて注ぎ込んで社会福祉法人を設立し、支援施設を立ち上げた筆者の奮闘ぶりに迫る。※本稿は、石橋須見江『障がい者と地域社会の真の共生をめざして』(幻冬舎メディアコンサルティング)の一部を抜粋・編集したものです。

利用者一人ひとりが
笑顔で過ごせる場所を目指して

 法人の第1号の施設となる通所授産施設「セルプ花」(就労継続支援B型。現在はさらに、就労移行支援事業、生活介護事業など複数の事業を実施する多機能型事業所に変更)は、法人設立の翌年の1999年にオープンしました。

 1990年代後半、社会福祉は弱者を救済する「措置制度」から、サービスの利用者と提供者を対等と見なす「契約制度」へと移行しつつあったものの、設立当時はまだ「措置」の時代です。福祉が次の時代へと移っていかなければならないことは、国の施策の検討でも、福祉業界の認識においても自明でした。

 春、秋、冬のそれぞれのお楽しみ会、スポーツ大会や作品展示会、納涼祭、日帰り旅行や一泊旅行、親子旅行、そして文化祭やクリスマス会、新年会など、毎月イベントを計画、利用者と保護者、地域の人々が一体となって、地域に開かれ、地域に必要とされる施設となることを目指して運営していきました。

 特に私が考えていたのは、利用者一人ひとりが気持ちよく笑顔で過ごせる環境づくりです。

 それぞれが楽しいと思える創作活動を通して自分たちで何かを生み出し、それを発信するということの楽しさを知ってほしいと思っていました。

「プリント印刷」「レザークラフト」「織物」「パン・クッキー」「農業園芸」などの班をつくってそれぞれの作業班に所属し、クラブ活動として「絵画クラブ」「ダンスクラブ」「陸上クラブ」をつくり、専門の指導者も頼みました。

 こうした活動のアイデアは35年間にわたる教員活動の経験が大いに役に立ち、また、利用者一人ひとりをじっくりと観察し、どんな特徴や個性の持ち主なのか、どんな表現をするのかということを時間をかけて見極めるという利用者へのアプローチも、教員生活のたまものといえます。

 どんな仕事や作業が合っているのか、利用者はみんな正直なので「これやってみる?」と誘っても自分に合わないと思ったらやりません。3日間くらいは我慢してやることはあっても、やめてしまうのでそこははっきりしています。

 逆に自分に合ったものを見つけると、一生懸命にやって、しかも長続きします。いろいろなものを紹介して一人ひとりに合った好きなものを見つけるということが、私たちの最初の、そして最も重要な仕事になりました。それに出会うことができれば、本人の生きがいにもつながります。