従業員目線の“健康経営”こそが、これからの時代に不可欠な理由

経済産業省は、“従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること”を「健康経営」と定義し、企業が、“従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながる”とメッセージしている。コロナ禍を経て、働く誰もが自分の「健康」に留意するなか、はたして、それぞれの企業は従業員一人ひとりの「健康」に適切に向き合っているだろうか? 健康管理ソリューションサービス「Carely(ケアリィ)」を運営する株式会社iCAREの山田洋太代表取締役CEOに、再度、「HRオンライン」にご登場いただき、話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

“健康経営”を継続し、成功している企業は……

 去る3月11日、2024年の健康経営優良法人が発表された(*1)。これは、経産省が健康経営に関して優れた取り組みをしている企業を認定するもので、開始から8年で認定企業数が約30倍に増えるなど、健康経営の概念は着実に浸透してきた。また、今回は「情報開示の促進」「社会課題への対応」「健康経営の国際展開」が認定の要件となり、よりいっそう、質に焦点化した取り組みが求められるようになっている。

*1 「ACTION!健康経営」参照

 さらに近年では、従業員が、肉体面・精神面・社会面で満たされるよう、組織の環境を整え、意欲やエンゲージメントを高めることを標榜する「ウェルビーイング経営」という言い方も広まってきている。たとえば、HRガバナンス・リーダーズの調査では、報酬委員会設置会社298社のうち、2023年には9.1%(前年から3.7ポイント増加)の企業が、従業員満足度に関連する指標を役員報酬と連動させている(*2)。

*2  HRガバナンス・リーダーズ株式会社 コーポレート・ガバナンス改革・人的資本経営は開示を起点に取組みの中身が求められる段階に ~「2023年指名・報酬ガバナンスサーベイ」結果公表~ より

 山田洋太さん(株式会社iCARE 代表取締役CEO)は、健康経営の概念が一般的ではない時期(2011年)に起業し、以来、企業の健康経営を支援してきた。この10年あまりで、健康経営の考え方や企業の姿勢はどのように変わってきたのか。健康経営とウェルビーイング経営はどう違うのか。それらが実践できているのは、どういう状態なのか。

山田 “健康経営”は、企業が従業員の健康に積極的に投資し、従業員の生産性向上を図るものであり、「主語は企業」です。これに対し、“ウェルビーイング”の主語は個人。個人のウェルビーイングを企業がいかに実現するかが“ウェルビーイング経営”の主眼となります。しかし、双方の違いはさほど明確ではなく、最終的には重なるだろうと、私は見ています。

 そうした状況のなか、健康経営を継続できている企業と、できていない企業との二極化が進んでいます。健康経営を主導していた熱心な人事担当者が退社したとたんに、その取り組みが形骸化してしまったという企業もあります。

 間違いなく、これからの時代は、健康経営を継続している企業が勝ち残っていきます。では、勝ち残るのはどういう企業なのか。

 コロナ禍を経て、「いまの会社に、1年後も勤めている(はず)」と自信をもって答える人が減ってきていると私は思います。企業は優秀な人だけを優遇するのではなく、従業員全員との関係性を再定義し、「従業員体験(CX)」を高めることが求められる時代――従業員は、“自分が大切にされているかどうか”に敏感で、福利厚生だけではなく、スキルアップも含めて、“健康でワクワクしながら仕事できるかどうか”を重視しています。つまり、勝ち残る企業は「働きやすさ」と「働きがい」の両輪を持ち、「CXが高い」というのは、それが実現できている状態です。

従業員目線の“健康経営”こそが、これからの時代に不可欠な理由

山田洋太

株式会社iCARE  代表取締役 CEO
産業医・労働衛生コンサルタント

金沢大学医学部卒業後、2008年、久米島(沖縄県)で離島医療に従事。2010年慶應義塾大学ビジネス・スクール(KBS)進学。在学中の2011年、心療内科・総合内科で医師として従事しながら、株式会社iCAREを設立。2012年、医療センターの経営企画室室長として病院再建に携わり、病院の黒字化に成功。2016年には、企業向けクラウド健康管理システム「Carely」をローンチした。2017年および2018年には、厚生労働省の検討会にて産業医の立場から提言・同省委員を務める。著書『産業医はじめの一歩』(2019年、羊土社)を共著。代表取締役CEO兼、現役産業医。

 

山田 かつては、「会社は学校ではないのだから、スキルアップやキャリアアップは自分の意思でやってください」というのが当たり前でした。しかし、いまの時代、会社側がそう言ってしまうと、従業員は“大切にされている”感覚を持てなくなります。多くの人は、「もっとやりがいのある仕事があるのでは?」と思い、もともと、企業への帰属意識というものはほぼゼロの状態だと経営層はとらえるべきでしょう。だからこそ、「なぜ、○○さんが我が社で働く必要があるのか?」を、経営層や総務・人事担当者が考え、言語化し、たとえば「我が社のパーパスのために、○○さんの力が必要だから、○○さんに生き生きと働いてほしい」と伝えていく必要があります。そのためのキーワードが「健康」であり、それゆえの健康経営なのです。

 健康経営がうまくいっている企業は、健康経営自体を「目指すゴール」とはしていません。何のために健康経営をするのかという「Why」が明確で、健康経営を従業員目線で行っています。そして、従業員も施策に納得しています。結果、健康経営が継続でき、企業自体の採用力やブランド力も上がっているのです。

 反対に、「Why」が明確ではない企業は、従業員も仕事の時間を削ってまでサーベイに答えたり、健康経営施策のイベントに参加したりせず、会社の取り組みが中途半端なかたちで終わります。