「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」と後悔する社会人のための「学び直し」のコツ

経済や経営、政治といった世の中のしくみのことは、わかっているようでわかっていない。けれど、大人になって「知らない」「わからない」とは言いにくいし、今からでも基本から学び直したいけど、どうすればいいかわからない――。
そんな思いの受け皿としてロングセラーになっているのが『経済のこと、会社のこと、政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』シリーズだ。
『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』の著者であり、今さら恥ずかしくて聞けないニュースのことを、わかりやすく解説することで定評のあるジャーナリストの池上彰さんに、いかにして社会人が学び直しをすればいいのかを伺った。
(取材・構成/柳沢敬法、ダイヤモンド社・和田史子、撮影/加藤昌人、ヘアメイク/市嶋あかね)

人は「よくわからないこと」に不安を感じる

――学び直しについて伺う前に、そもそも、私たちはなぜ世の中の基本的なことを知るべきなのでしょうか? 知らないままでいることのデメリットとは何でしょうか?

池上彰(以下、池上) まず言えるのは、人は「よく知らないこと」や「未知のもの」に対して不安や恐怖を感じやすいということです。「何となくよくわからないから不安」ということがあるのです。

 2011年の東日本大震災に伴う原発事故の際、テレビの報道番組はどこも専門家による専門用語や数値を並べた難解な話ばかり。ほとんどの視聴者は、よくわからなかったと思います。

 今、原発はどうなっているのか。安全なのか危険なのか。危険だとしたらどのくらい危険なのか。私たちは何に気をつけ、どう行動すればいいのか。知りたいことがさっぱりわからない。結果、視聴者の不安は解消できないどころか増大してしまったわけです。

――たしかに、あのとき私たちは専門家の話を聞いて安心するどころか、情報を得てもよくわからないと、もっと不安になりました。

池上 そこで私がある番組で、基本も基本、「放射能と放射性物質、それに放射線、どう違う?」とか「シーベルトって何?」ということから解説しました。すると「言葉の意味がわかって少し不安が和らいだ」といった声が数多く届いたのです。

――「わかる」ということが不安を払拭してくれるのですね。

池上 正しい知識があれば現状を正しく理解し把握できます。さらに先々に起こり得る事態を推測し、次に取るべき行動を選択することもできるのです。

 コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻など、今はとくに先が見通せない不確実で不安定な時代と言われています。世の中の基本的なしくみや成り立ちについて正しく知ることは、そうした時代を生きていく上で、自分自身を支える確かな土台を築くことでもあるのです。

社会人は「置かれた場所」で勉強しよう

――世の中のことを“よくわからないまま社会人になった人”に共通するのは、「学生時代にもっと勉強しておけばよかった」という後悔です。

池上 私も同じです。私が大学生の頃は学生運動が激しくて、ストライキで授業がないこともしょっちゅう。だから、十分な勉強ができないまま社会に出てしまったという思いはずっと持っていました。その反省もあって、社会に出てからも仕事の合間を見て勉強してきました。

 例えば、NHKの記者として警察担当だったときは、刑法や刑事訴訟法から法医学などを学びました。気象庁担当になったら気象学や地震学、火山学の本を片っ端から読みあさり、文部省担当時は教育基本法から文部行政の構造や教育委員会の変遷などを勉強する。そうやって、仕事をする中で必要な知識を一から学び続けてきたのです。

――ある意味、今の自分の関心事から学び直しをしたということですね。

池上 そうです。社会人になっても“自分が置かれた場所”で学び続けることが大事なんですね。

 世の中の基本的なしくみについての知識は、社会に出る前より、むしろ「社会に出た後」に不可欠なものでしょう。これまで学んでこなかったのなら、今から勉強すればいいだけです。これだけはお伝えしたいのですが、勉強というのは、何歳になっても、いつからでも、どこででもできます

問題なのは「よく知らないのに知ってるつもり」の大人

――「世の中の基本をよく知らない社会人」と聞くと、自分のことを言われたみたいでドキッとしてしまいます。同じように感じる人、きっと多いはずです。

池上 大勢いるでしょうね(笑)。「世の中の基本を知らない大人がこんなにいるのか」と私が強く認識したきっかけは、NHKで担当していた『週刊こどもニュース』です。

 この番組、1週間に起こったニュースや出来事を、こどもたちに向けてわかりやすく解説するというもの。タイトルは『こどもニュース』ですが、実際には大人の視聴者が圧倒的に多かったんです。こどもにもわかるような解説が、実は大人に受けていた。そのことを知り、「なんだ、大人もみんな世の中のことをよくわかってないんだ」と痛感したんです。

――そうなると、もはや『おとなニュース』ですよね。

池上 番組に寄せられる声も、当然大人からのものが多くなります。それを聞いてさらに感じたのが「よく知らない」だけでなく、間違った知識や古い情報を持ったまま「知ってるつもり」になっている人の多さだったのです。

 あるとき番組で日本の年金制度について「若い人たちが納めた保険料が高齢者の年金なんですよ」と説明したんです。するとご高齢の視聴者から抗議の電話が殺到して。「ウソを言うな。自分がずっと納めてきた保険料を私はもらってるんだ!」と。

 たしかに昔はそうでしたが、先ほど説明したような形に、途中から制度が変わったんです。でも抗議した人はそれを知らないんですね。で、知らないまま「自分は正しい。番組が間違ってる!」と抗議してくるんです。