――昔はそうだったけど今は変わったことを知らずに、「今もそうだ」と思い込んでいる人が少なくないんですね。
池上 そうなんです。知識というのは手に入れたから終わりではありません。知識や情報は「生物(なまもの)」ですから、常にアップデートしていくことが大切です。
だから、「学生時代にしっかり学んできた」と自信がある大人こそ、「今も本当にそうだろうか?」と疑いながら、確認の学び直しをする必要があります。
ほかにも、日銀の金融緩和について「政策金利を下げました」と説明をしたら、「なんで『公定歩合で決めてる』と言わないんだ。間違った説明をするな」という抗議が来たこともあります。
これも、たしかに私が学生の頃は「日銀が公定歩合の上げ下げで金利をコントロールする」と習いました。でも今は日銀が国債を買い上げることで、銀行同士がお金の貸し借りを行う「コール市場」というマーケットでの金利が決まっています。すでに公定歩合という仕組みすら存在していなくなっています。つまり「知っているつもり」でも知識をアップデートしていない、というわけです。
こうした経験から、「それならば、大人のために政治や経済について基礎の基礎から説明する本を作ろう」と思って書いたのが、この『よくわからないまま社会人になった人へ』シリーズなんです。
「かつての常識」が「非常識」になる時代だからこそ
――となると、『よくわからないまま社会人になった人へ』シリーズは、就活生や会社に入社したての若い社会人だけでなく、ベテラン社会人にとっての“学び直し”にも役立ちますね。
池上 繰り返しますが、時代の移り変わりとともに、世の中のしくみや構造も常に変化していくもの。しかも今は「不確実性の時代」と言われるほど、その変化が激しい時代です。
先ほどの国民年金制度や公定歩合の話ではありませんが、ベテランや年配の人たちの「あの頃の常識」や「これまでの知識」が、今やこれから先は必ずしも通用しないということが十分に起こり得ます。ですから、世の中の変化に合わせて、自分の持っている知識も常にアップデートしていく必要があるんです。そう考えると「学び直し」に終わりはないのかもしれませんね。
――まずは世の中の制度やしくみ、成り立ちなど基本を知り、その上で時代にあわせてアップデートしていくということですね。
池上 はい。その基本を知るというステップで、『よく知らないまま社会人になった人へ』シリーズを活用してほしいですね。このシリーズは「経済」「会社」「政治」の3分野で構成されている点がポイントです。経済のことを知れば、経済活動をしている「会社」のことが知りたくなる。経済や会社のことを知れば、そこには「政治」が大きく影響しているんだと考えるようになります。
経済も会社も政治も、単独で存在しているのではなく、すべてがつながって関係しあいながら動いているもの。ですから「経済」「会社」「政治」の3分野を理解すると、世の中のことを点ではなく「線」や「面」で捉えられるようになります。「知識」を総合的に身につけ、アップデートしてていくことで、「教養がある社会人」になれるのです。
【次回に続く】
1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、73年にNHK入局、報道記者やキャスターを歴任する。94年から11年間にわたり「週刊こどもニュース」のお父さん役を務め、わかりやすい解説が話題になる。2005年、NHK退職以降、フリージャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍、YouTubeなど幅広いメディアで活躍。
2016年4月から、名城大学教授、東京工業大学特命教授を務め、現在も11の大学で教鞭を執る。
近著に『知らないと恥をかく世界の大問題13 現代史の大転換点』(角川新書)、『池上彰の世界の見方 東欧・旧ソ連の国々 ロシアに服属するか、敵となるか』(小学館)、『独裁者プーチンはなぜ暴挙に走ったか 徹底解説:ウクライナ戦争の深層』(文藝春秋)、『経済のことよくわからないまま社会人になった人へ』『会社のことよくわからないまま社会人になった人へ』『政治のことよくわからないまま社会人になった人へ』(すべてダイヤモンド社)などがある。