2015年の発売以降、今でも多くの人に読まれ続けている『ありがとうの神様』。本書は、小林正観さんの40年間に及ぶ研究のなかで、いちばん伝えたかったことをまとめた「ベスト・メッセージ集」だ。あらゆる悩みを解決する「ありがとう」の秘訣が1冊にまとめられていて、読者からの大きな反響を呼んでいる。この連載では、本書のエッセンスの一部をお伝えしていく。

ありがとうの神様Photo: Adobe Stock

人間は、人に迷惑をかけながらでしか、生きていけない存在である

「人に迷惑をかけてはいけない」という考え方があります。

 ある方は、「人に迷惑をかける生き方をしたくない。自分も人に迷惑をかけない分、人に迷惑をかけて生きているような人は許せない。とくに暴走族などは、人に迷惑ばかりかけているのではないか」と憤っていました。

 私はこの方が、「自分は人に迷惑をかけてない」と言い切っていたことに違和感を覚えました。

「自分は人に迷惑をかけてない」という考え方の中には、「私は、自分の力だけで生きている。私は正しく生きている」という概念が含まれています。

 でも、本当にそうでしょうか?

 人間は、たくさんの人、物、動植物に、迷惑をかけながら生きているのではないでしょうか。生きていくために、米や麦を何百万粒と殺し、魚を何千匹、牛や豚を何頭、何十頭も食べているはずです。

 食卓に止まったハエを殺し、道ばたのアリを踏みつけ、腕に止まった蚊を叩き殺しているかもしれません。

「私」が生きているために、どれほど他の動物に迷惑をかけてきたのか、わかりません。

「迷惑をかけないで生きる」という考え方は、一面では正しいかもしれません。

 しかし、もう一歩進んで考えると、「人間は、他の存在物に対して迷惑をかけていない」ということなど、「ありえない」と気づきます。

 むしろ、「迷惑をかけなければ、生きていけない存在である」と考えることができるのです。

 そう考えると、「迷惑をかけないで生きるぞ」と決意するよりも、「迷惑をかけなければ生きていけないのだから、自分を支えてくれている存在物に対して、心から感謝をしながら生きていく」というほうが、ずっと前向きではないでしょうか。

「私は誰の世話にもならず、老後もひとりで生きていく」と言った方もおられました。

 そういう考えで生きるのもよいと思いますが、人間は、生きているかぎりまわりに迷惑をかける存在です。

 だとしたら、「自分は無力でたいしたものではないのだから、人に迷惑をかけながらでしか生きられない」と思い、まわりのすべてに感謝し、手を合わせて「ありがとう」と言いながら生きていくほうが、ずっとラクに生きられるような気がします。