お子さんの受験に備えて進学塾を検討している方へ。『子どもが「学びたくなる」育て方』の著者であり、「探究学習」の第一人者・矢萩邦彦氏が「失敗しない塾選び」のポイントをお伝えします。(構成/編集部・今野良介)

「相性の良い塾」の探し方

どんな塾が子どもに合っているかを考えるときには、まずは、対話を通して子どもの個性をしっかり把握することが大前提です。

競争やテストが好きか、ひとりで宿題ができるか、コミュニケーションが苦手ではないかなど、その子の個性や成長度合いを確認しながら候補となる塾の目星をつけていきます。

そのうえで、塾選びに有効な方法は2つあると思っています。

① とにかく体験授業を受ける
② 塾や学校を熟知した塾選びアドバイザーのような人に聞く

塾は、入試問題には詳しくても、進学後の学校でどんな先生がどんな授業をしているのかを知っていることは稀です。知っていたとしても、塾対象の説明会や見学会などで「見せる用の授業」の内容にとどまることがほとんどです。

今後は、子どもの個性をふまえた進路相談ができる②のような人物が、多くの塾・学校に存在するようになっていくべきだと思います。ただ、現状は所属している塾や学校に寄った目線になりがちで、フラットな情報・意見かどうか見極める必要があります。

「知窓学舎」では、この役割を果たせるよう、私自身が学校や塾に入り込んで授業や研修に関わって一緒に仕事をしたり、ジャーナリストとして学校や塾の取材をしていますが、そういう情報の取り方ができる塾はまだほとんど存在しません。

②が難しいとなると、やはり①が現実的です。

ここで保護者の意識として重要なのは、まずは「損得勘定」をしない覚悟を持つことです。「通いはじめちゃったんだから、何ヵ月かは通いなさい!」と言ったりするような意識は持たないことです。子どもに合っていないなと思ったら、きっぱりやめる覚悟を持っておきましょう。

塾の体験授業に行く際は、親子で足を運ぶことが大事です。子どもの印象はもちろんですが、一番近くで子どもを見ている親の視点も重要な判断基準になります。少なくとも3つ以上の塾の体験授業を受けて、比較検討できるとよいと思います。

その際にお母さんお父さんに見てほしい点はいろいろありますが、私は、生徒個人をしっかりみてくれる環境かどうかを重視するのが良いと考えます。

ですので、「少人数クラスであるか」はチェックポイントです。大人数クラスで講師が生徒ひとりひとりをきめ細やかに見ることは物理的に難しいからです。

そして、一番重要なのは担当講師と子どもの相性です。体験授業を保護者も見学できる場合は、担当講師が子どもとしっかり対話しながら授業するかを確認してみてください。

拙著『子どもが「学びたくなる」育て方』の第1章では「身体的に自然から学ぶことから始めよう」というお話を紹介していますが、次の段階で重要なのは「人間は人間から学ぶようにできている」ということです。つまり、「対話的であるかどうか」が重要な判断ポイントになります。

コロナ禍でオンライン授業などの選択肢も増えましたが、よっぽど主体的でない限り、ただビデオ講義を見ているだけでは学習効果は期待できません。

アメリカでは、ディズニーの知育ビデオ『ベイビー・アインシュタイン』を見た幼児は、見ていない幼児よりもボキャブラリーが少なかったという研究結果があり、ディズニーが返金し、以後同ビデオが「教育」と謳うことを中止した事例もあります。

発達段階や個性にもよりますが、オンラインの場合、リアルタイムで対話的であるのか、録画ビデオを視聴するだけなのかで、その効果は天と地ほど差があります。

ただ、リアルタイムな対話があっても、答えが正解か不正解かをジャッジするだけのやりとりは対話とは言えません。相手の発言を受けて対応する、会話のキャッチボールになっていることが大事です。「発言からみて、この子はこう考えてるんだな、だとしたらこう導いたほうがいいな」という姿勢で講師が授業に臨んでいるかということです。

学習塾を「ネットの口コミ」で選んではいけない理由どんな講師が理想的か? Photo: Adobe Stock

とはいえ、塾の体験授業は親が見学できない場合が多々あります。そういった場合は、授業後に「ちょっとお話できますか?」と言って担当講師にコミュニケーションをとってみると、ある程度の感触を得ることができると思います。

このときに話す内容は、雑談レベルでかまいません。親とまともに会話ができないような人物であれば、子どもたちとの対話を活かした授業はできないだろうと判断できます。保護者と話し慣れている広報担当者や塾長だけでなく、実際に授業を担当する講師と話してみるのが重要です。会話してみた印象や直感を、塾選びに活かしてください。

また、これは学校選びにも共通する話として、口コミを参考にして塾を選ぶ場合があります。

インターネット上の口コミには、マウントをとろうとするものやクレームや愚痴に近いものが多く、偏った情報になりがちです。おすすめは「自分たちと価値観が似ている家庭」の保護者の意見を聞くことです。「子どものタイプが似ている家庭」の保護者に聞くのもいいでしょう。

特に地元エリアのローカルな中小塾は、周囲の保護者たちから口コミを得るのが有効だと思います。いい塾であれば地元で少なからず話題になるはずです。

また、よい口コミが多いのは、それなりの年数、教室の運営を継続できていることでもあり、経営面での安心感にもつながります。

「トイレのきれいさ」もポイント

私の経験上、生徒を大事にしている塾は、トイレがきれいです。塾を見に行ったら「トイレが汚れていないか、きれいに管理されているか」をチェックしてみるのは役に立つかもしれません。

以前大手塾で指導していたころ、生徒たちに「塾のイヤなところはどこ?」と聞いてみたことがあるのですが、「トイレが汚いのがイヤだ!」と言った生徒がかなり多く、とくに、成績上位者に多かったのも印象的でした。

塾で過ごす時間は短くありません。そう考えれば、トイレも学習環境の延長ですから、手入れがされていて快適であるかは重視していいと思います。「汚くて行きたくないからガマンする」なんて言う生徒もいましたが、それでは授業に集中できませんよね。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。